218-1 100 年先を見据えて

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 今月ご紹介するのは、芝3丁目に建った高級賃貸レジデンスです。
総合企画のランドビジネス様の取材に霞が関ビルのオフィスを訪れましたら、おりしも「霞が関ビル50周年」記念イベントが開かれていました。1968年4月12日に竣工した日本初の超高層ビルも50年目を迎えたのですね。思えば敗戦後、焼野原になった東京にどんどんビルが建てられ、東京オリンピックがあり、国民の思いが結実した象徴が「霞が関ビル」でした。霞が関ビルは、リニューアルした部分がとてもきれいな空間になっていて、これほどの建物であれば、100年先を見据えたメンテナンス計画もしっかり行われていくのでしょう。
しかし、一方で、こと住宅に関していえば、ヨーロッパと違い、日本はスクラップ&ビルドを繰り返してきてしまいました。戦後、物資も不足したせいで、とにかく質より量で生産された住宅の平均寿命は、約30年と言われています。今でも、そんな住宅づくりが行われています。
「人生50年」と言われ、ローンを組んで建てた住宅の寿命はそのくらいあれば十分。親の建てた家は、壊して建替えれば済んだのでしょうが、人の寿命も、もはや「人生100年を目指して、生き方を考え直そう」というモードに変わってきました。
書店に行けば、『LIFE SHIFT』(リンダ・クラットン著)を始め、『百歳人生を生きるヒント』(五木寛之・著)、『人生百年時代のライフデザイン(ライフデザイン白書)』(宮木由貴子、的場康子、他著)・・・と関連本が並び、政府も、昨年秋より「人生100年時代構想会議」を設置、人生100年時代を見据えた経済・社会システムを実現するための、政策のグランドデザインに関わる検討を始めています。人口減少で、社会保障制度は破綻、50歳から先、100歳まで自分の人生をどうデザインするか、大きな転換点にさしかかっています。年金で左うちわで暮らすことは、出来なくなってしまっています。
住まいについても、100年生きるのであれば使い継がれた家を大事に使い、次世代に確実につなぐ、あるいは長いスパンで考えられた建物を選び、適切なメンテナンスを施して使っていくしかありません。そして供給する側からいえば、いかに良質の長寿命の価値ある建物を世に出していくかが問われています。
たくさんのタワーマンションが建てられた郊外の都市では、通勤電車が大混雑、小学校の教室も、保育園も不足して、インフラの整備が急務となっています。投資目的に購入した人と実際に住んでいる入居者のメンテナンスへの考え方は、将来まとめることができるのでしょうか。いろいろと考えてしまいます。

リーマンショックも乗り越え、着実な歩みを続けてきたランドビジネスの矢野様からは、創業当時から、100年先を考え、美しい街並みをつくることを最優先にされてきたというお話を伺いました。こと街並みという点では、日本はまだまだヨーロッパの文化に追いついていないようです。街は誰かが意図しなければ、自然に出来上がってくるものではありません。動かす「人」の力が必要です。

217-1 池袋 乙女の街

あるTV番組で「外国人が行ってみたい街」の一つに「池袋駅東口」が紹介されていました。「どんな外国人が?」と思っていたら、出てきたのはドイツ人のお嬢さん。日本の「乙女ゲーム」のファンで関連商品を買いに来日したのだそうです。
秋葉原が男子のオタクの聖地なら、今や「池袋」は女子のオタクの聖地。特に、サンシャインシティ60の前の通りは「乙女ロード」と呼ばれて、女性向けのコミックスやゲーム、アニメ・キャラクターグッズなどを取り扱う専門店やコンセプト喫茶が密集しています。
豊島区では2016年、「豊島区お散歩シリーズ乙女編 池袋乙女マップ」を4カ国語で発行、外国人観光客への積極的なサービスに取り組んでいます。

 

「乙女ゲーム(乙ゲーなどと略される)」とは、女性向け恋愛ゲームのうち、主人公(プレイヤー)が女性のゲームの総称です。1994年に光栄(現:コーエーテクモゲームス)から発売された『アンジェリーク』がその1作目と言われており、2002年、コナミが『ときめきメモリアル Girl’s Side』を発売して、それまで乙女ゲームをプレイしたことがなかったユーザー層も獲得、女主人公恋愛ゲームの認知度が大幅に上がりました(ウィキペディア参照)
さて、今月ご紹介する写真の「オトメイトビル」は、2008年に発売された「薄桜鬼」など数々の乙女ゲームがヒットとなっているアイディアファクトリーが企画した「中を見て回るだけで楽しめる、すべての乙女ユーザーのためのコンセプトビル」です。
「薄桜鬼」は原作ゲーム発表後、続編や番外編がリリースされる一方、テレビアニメやOVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)、舞台、ミュージカル、映画などの関連企画なども多彩に展開され、現在もヒットしている人気乙女ゲームです。
1階はクレープのお店、2階はキャラクターの関連グッズ販売、3階は2.5次元ショップとなっています。「2.5次元」とはアニメ・ゲームなどの人気タイトルがミュージカルなど舞台化されたもので、数多くのイケメン俳優が誕生しています。
4階はゲームなどのコンセプトカフェ、5階はオトメイトカフェで、オトメイトのゲームとのコラボカフェが展開されています。6階はオトメイトスクエア(多目的イベントスペース)となっています。今後様々なイベントが企画されているようです。
3月のある晴れた日曜日、オトメイトビルの前で看板を見つめている女性たちに話を聞いてみました。20歳の学生A子さんは「オトメイトビル」ができたと聞いて友達を連れて見に来たそうです。ゲーム歴は2年くらい。「現在ボーイフレンドはいないけれど、ファンには普通に主婦もいたり、彼氏がいたりする」そうです。ソーシャルゲームでは、乙女ゲームに限らず、ゲーム内のアイテムをそろえるための「ガチャ」と呼ばれる課金システムがありますが、彼女はゲーム関係に1カ月約10,000円くらい使うそうで、平均的な金額だそうです。
池袋にたくさん人が増えてきたのは、やはり「薄桜鬼」が映画になってからで、「オトメイトは、きれいな絵とセンスが魅力です」とそこは外せないそうです。

 

女性のプロゲーマーも出現したり、eスポーツがオリンピック種目になるかもと、ゲームの世界とリアルな世界のマーケットの結びつきは、どんどん拡大しているようです。

 

216-1 保育施設

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「尾山台みどり保育園」  撮影:村田和聡/フォトスペース・パッション

写真は、先日竣工した世田谷区尾山台に建つ認可保育園「尾山台みどり保育園」です。2016年の事業者募集に応募・選定されて、この春開園を迎えることになりました。事業者の社会福祉法人神戸保育会の岡崎真子(なおこ)園長、設計の石川恭温氏にお話を伺いました。

岡崎真子園長

岡崎真子園長

―このたび、神戸の事業者様として開設されたのは、どのようなきかっけからですか。
岡崎:保育施設は特に東京で不足していると聞き、神戸で100年以上保育事業に携わっている実績がある私どもがお役に立てる場面があると思って、応募させていただいた次第です。

 

―100年ですか。
岡崎:前身は、兵庫県の外郭団体の事業で、出征軍人の方たちの残されたご家族を預かったことから始まったと聞いています。その後、次の戦争の時に県の財政が厳しくなり、民間に移行していったそうです。

 

―園舎を建てるにあたって、ご希望されたことはどんな点ですか。
岡崎:木を使った、温かみのある空間ですね。それから、子どもたちが動き回れる十分な広さの園庭を作ってほしかったですね。

  
―保育の面で重要視されていることはありますか。
岡崎:子どもたち一人ひとりに担当の保育士が付いています。家庭の中で暮らしているのと同じように、継続的に子どもを見ることが大事です。その方が早く信頼関係を作れるし、ちょっとした体調の変化にも気が付きやすいです。特に0-1歳児のお部屋は、0歳でも1歳でも使えるようなお部屋にしてほしいという点をお願いしました。日々成長する子どもたちは、少し部屋の環境が変わるだけでだいぶストレスを感じるものです。2歳では生活面での自立ができるよう、しっかりと躾をし、3歳からは身体をよく動かし、運動や料理など楽しいことを友達とどんどんできるようにします。だから、子どもたちが十分に動き回ることができる広い園庭を作ってほしかったですね。

石川:初めてお会いしたのは、2016年7月だったのですが、現地をご覧になっての第一声が「せまーい」だったですね。限られた敷地で1階に広い園庭を設けられないということで、1階から2階、屋上を斜面をつないで、全体を1つの園庭とする今の形を提案しました。

岡崎:園庭については何度説明してもらってもわからなくて、模型を作ってくださってから、やっとイメージが掴めました。

保育園を運営する側としては、建物だけでなく、働く人たちのレベルアップがないと、やはり親御さんが子どもを預けてくださるのは難しいと思います。神戸の保育方針を全職員に理解し、実践してもらいたいと考えています。職員の関わり方一つで子どもは変わります。子どもは本当はお母さんが育てるのが一番、でもそれができないから、私どもがお引き受けするわけです。どんな分野でもいえることと思いますが、大学を卒業しただけではまだ一人前ではありません。きちんと働ける人間を育てていく、その仕組み自体も今の保育園には求められているのだと思います。

―本日はどうもありがとうございました。

 

 

 

215-1 バレエ 

 

 今月は、このたび浅草にオープンしたバレエスタジオのご紹介です。写真のように天井高は4m、対角線は17mを超える大空間です。これだけ大きなクラシックバレエのお稽古場は都内でもめったにありません。
建て主の正木亮様、本島美和様ご夫妻は、ともに経験豊かなバレエダンサーです。このたびご自宅を建てるにあたり、後進の育成にも力を入れられることになりました。

まずお二人のプロフィールを少しご紹介しましょう。

正木亮(まさき りょう)
1974年、東京都出身。バレエを始めたのは7歳。きっかけは妹さんの発表会。初めて見るバレエの舞台は6歳の男の子には夢の世界に見えたとか。ご両親は「男の子がバレエだなんて」と大反対でしたが、おじさんの助けを得てバレエの道へ。
1995年牧阿佐美バレヱ団に入団。その年、東京新聞主催全国舞踊コンクール第1位を受賞。『ロミオとジュリエット』、『くるみ割り人形』などで主役を踊り、ローラン・プティ(世界的振付家として知られるフランスの舞踊家)の振付による『ノートルダム・ド・パリ』で好演。
1999年のメキシコのガラ公演『ローラン・プティと仲間たち』やスイスジュネーブのガラ公演では、プティが彼のために振り付けた『Kamakura’s Beach』を始め3作品を踊る。同年5月、プティ振付『若者と死』に主演。
2002年、イタリアの『TODI ARTS FESTIVAL2002 』にて、リンゼイ・ケンプと共演。イタリア中を公演。
2004年、バレエ シャンブルウエスト(今村博明主宰)の海外公演『タチヤーナ』で主役、その後、バレエ シャンブルウエストの公演に参加。特に同バレエ団が行っている「清里フィールドバレエ」には、2004年より毎年参加している。

また、東日本大震災のときには「OSH(Off Stage Hypocrite)」を立ち上げ、被災者の支援活動にも尽力している。

本島美和(もとじま みわ)
東京都出身、6歳からバレエを始める。豊川美恵子エコールド・バレエ、橘バレエ学校を経て2000年、牧阿佐美バレヱ団に入団。
2001年、日本初の国立のバレエ研修所「新国立劇場バレエ研修所」の第1期生として入所、 2003年、新国立劇場バレエ団にソリストとして入団。 2005年の新制作『カルメン』で初めて主役に抜擢され、その後『ドン・キホーテ』、『ジゼル』、『くるみ割り人形』、デイヴィッド・ビントレー振付の『アラジン』、ローラン・プティ振付『こうもり』など、数多くの主役を務める。 2006年に橘秋子賞スワン新人賞を受賞。
2007年にはサントリー「DAKARA」のCMで、豚の被り物でのバレエの演技力が評価され、「ACC CMフェスティバル」のベスト演技賞を受賞。

2011年、新国立劇場バレエ団プリンシパルに昇格。

 さらに、すてきなお二人のお話をp4の「TOPIC」でご紹介します。