231-1 子どもが中心

 

「上町しぜんの国保育園(small pond) 」  撮影:アック東京

「上町しぜんの国保育園(small pond) 」  撮影:アック東京

 

写真は、このたび世田谷区に竣工した「上町しぜんの国保育園」です。
世田谷区は、全国的に見ても、待機児童がもっとも多い地域。保育園を作っても作っても間に合わないと言われています。
社会福祉法人「東香会」は、40年以上にわたり、子どもの創造性を育む保育事業に携わってこられ、「町田しぜんの国保育園(small village)」では、グッドデザイン賞や日本建築家協会優秀建築選を受賞。その特色ある保育に着目した世田谷区からの新たなオファーにより、上町に保育園が建てられることになりました。
東香会の齋藤紘良理事長は、保育園の園長としてだけでなく、ご自身が子ども向けの音楽活動を行い、アーティストを保育事業に参加させたり、カフェを作って地域の方たちを呼び込んだりして、ユニークな保育事業を展開されてきました。その齋藤理事長が「新しい園長に」と協力を仰いだのが、枠に収まらない保育で有名な港北ニュータウンの無認可保育園「りんごの木」の青山誠氏でした。
オープンしたばかりの「上町自然の国保育園」に伺うと、青山園長は開口一番「保育園なんてない方が、本当はいい」と言われるのでびっくり。それは「子育ては家庭でやるのが一番、それができないから、保育所でやるのであって、親や保育者だけでなく、街ぐるみで子育てをするという感覚が大切」ということなのでした。
「園庭に通じる大きな窓のところに立つと、子どもたちの動きがよくわかります。子どもは、自分のことを言葉では表現できません。体の動き、表情、泣く…。それらをよく見つめて、その気持ちを汲み取ることが大事。プログラムを先行させて、大人が子どもの行動を制限してばかりの保育園も少なくない。でもそれでは自己肯定感の低い人間になってしまいます。ここでは、見せるための行事は一切やりません。決まっているのは入園式と卒園式と運動会。運動会も子どもたちがミーティングをして種目を決めます」と話す青山園長の後ろの壁には子どもたちの張り紙が。4,5歳で自己主張しながら互いの言い分を話し合うそうです。
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青山誠園長。壁には子どものミーティングの張り紙。テーマは部屋の使い方のよう。

「職員一人一人によく言うのですが、もしこの建物がなくても、原っぱで砂山があり、思い切り子供たちが遊ぶことができれば何もいらない。建物が建つことでこどもの動きが制限されたら、それこそ建物にとっても不幸なこと。だから子どもが先で建物があと」と青山園長。建物への希望は、間口が広い大空間、そして昔の建築からヒントを得た、内と外の間の中間領域。内と外をきっちり線で区切ると、足をいったん外できれいにしてからとか、皆、並んでとなりがち。雑巾をおいておき、自分で足拭いて入っておいで、というゆるい感じが子どもの気持ちを育みます。中間領域は「縁側廊下」として実現しました。

「子どもを見るのは親だけ、保育園だけと皆さん言い過ぎです。街中の交通安全の問題だってそう。この辺は歩き始めた子が散歩する道だと、ドライバーがリアルに思ってくれればいい。車とママチャリがぶつかったら、間違いなくママチャリが負けます。なのにママチャリにだけ『気をつけろ』というのはちがう。弱者にだけ努力義務を課すのではなく、強者がゆずらないと」と青山園長。まだまだお話はつきません。
保育はいろんなことを学ぶ機会を得られるのだと改めて思い出しました。

230-1 以茶會友(イーツァホェヨウ)

 

「台湾茶藝館桜樺苑(インファエン)」月窓  撮影:アック東京

「台湾茶藝館桜樺苑(インファエン)」月窓  撮影:アック東京

写真は、4月10日にグランドオープンした、台湾茶藝館「桜樺苑」(インファエン)の大きな「月窓」です。「月窓」は、昔の台湾・中国の邸宅や庭園の入口にもうけられていたもので、大切な人をお迎えする気持ちと異国への入口という意味合いが込められています。
店舗オーナーの何宛樺(か えんか)様は台湾出身のご両親に育てられ、25年勤められた会社を早期退職して、この度、このお店を始められました。今でも台湾と日本を頻繁に行き来されるお母様の何李純子(かり すみこ)様にも、一緒にお話を伺いました。

―宛樺様ご自身は日本で生まれ育って、日本の企業に長年お勤めでいらっしゃったわけですが、台湾茶藝館を始めようと思われたきっかけは?

宛樺:昔からお店をやりたかったんです。特に香り高い美味しい台湾茶を、ぜひ日本の皆さんに紹介したいと思いました。家を建て替えるタイミングもありましたし、最近三軒茶屋も駅から少し離れたところでも人通りが多くなり、この場所でも隠れ家的でいいなと感じました。
「以茶會友」(イーツァホェヨウ)という言葉があります。「お茶を以って友に会う」という意味。台湾茶を通じ、様々な方が出会う場所、多くの友が集まる場所を作りたかったのです。
オープンしてからいろいろな方が見えましたが、何年も会っていなかった友人が会いに来てくれたり、昔台湾でお仕事をしていらした近所の方が懐かしむ感じでいらっしゃってくださいました。
デザインの保田先生が、斬新な色合いのインテリアを提案してくれて、いろんな文化をミックスしたおしゃれなものができたと思います。
壁に飾られた大きな扇は、旧知の方からのお祝いの品。実は昔父がその友人に差上げたもので、この度里帰りしてきたものです。
純子:扇に描かれている竹は「竹報平和」というめでたい意味があります。台湾では言葉を実際に大事にする文化がありますね。
宛樺:月窓の吉祥文様は「富貴平安」という意味で、元々瓢箪と大昔銅の糸で縫われていた丸い銭が描かれるものです。(今回は桃がアレンジされている)お店の名前は、4月生まれの私が好きな「桜」と名前の「樺」を合わせたもの。「花」と同じ音(ファ)で「樺」を使い、人が集まる所「苑」で、「桜樺苑(インファエン)」という名になりました。お茶を通じて、いろんな方に来ていただき、くつろいでいただきたいですね。
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母上の何李純子様(左)と 何宛樺様(右)

鮮やかな色彩の異国情緒あふれる店内。月窓で区切られたスペースは台湾情緒豊かなサロンのような席。桜材のカウンター席の前には茶缶を模した茶器棚がノスタルジックな趣を醸し出し、テーブル席からは素敵なお庭を見ながらお友達とおしゃべりが弾みそうです。
奥の個室は、1920年代のヨーロッパのアンティーク家具がどこか懐かしく、誰にも邪魔されない空間を提供しています。桜模様の赤石がポイントのテラス席では、季節感を感じながらのんびり。ワンちゃんも一緒に楽しめます。
皆様もぜひ一度、美味しい台湾茶を堪能されてみてはいかがでしょう。
<お店情報>

世田谷区三軒茶屋1-5-9
田園都市線 三軒茶屋駅から徒歩7分
営業時間:11:00-19:00
ラストオーダー:18:30
定休日: 日曜日/月曜日

台湾茶と一緒に台湾風の軽食とスイーツも楽しめます。

https://www.ying-hua-yuan.com/

229-1 地域で愛される建物に

 

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高山商店  撮影:アック東京

写真は、練馬にある食品関連の会社「高山商店」様の工場と事務所ビルです。関東ローム層という地質に恵まれ、大根の産地として有名な練馬は、昔から沢庵農家が多く、「高山商店」も、昭和10年、農家から現社長のおじい様の時代に漬物業を始められ、先代の髙山恵一郎氏の時代から、いわゆる「ガリ」と呼ばれる生姜の甘酢漬けの販売を始められました。

先代の社長がこのデザイン性ある建物を建てられた31年前、漬物の会社は点在しておりましたが、周囲にはまだ畑も多く、かなり斬新なものであったようです。しかし、先代社長は、宅地開発がさらに進むと考え、違和感のないようにデザイン性のある打ち放しコンクリートの建物を建てられ、工場部分も地下に収めて周辺への影響を最低限にしました。この地で息子様髙山幸治様や次世代の方々が長くご商売を続けていけるように、と配慮されたのです。

それから月日が流れ、30年を過ぎて、コンクリートの外壁はだいぶ傷みが見られるようになりました。
父上の恵一郎様が一昨年病に倒れられ、昨年春に他界される直前に現社長の幸治氏に「建物をきれいにした方がいい」という気持ちを伝えられ、社長は、「新築同様にきれいにする」と誓われたのでした。
黒ずんだコンクリートの建物の前に立った現場担当者は、「一周忌に何としても間に合わせたい」という社長の期待にお応えしなくてはと、コンクリートの化粧補修を行う専門業者に社長の思いを伝えました。現場では一体感が生まれ、この3月、きれいに建物は生まれ変わりました。
先代社長は、ご自分の目で見ることができませんでしたが、社長は、その遺志に報いることができたと大変満足いただけたようです。
長年その地で暮らし、ご商売をなさってきた親御様が亡くなられたとき、その土地や建物をどうやって引き継いでいくべきか、多くの方が今、その悩みに向き合っておられることでしょう。
単に相続税の問題だけではなく、特にお仕事にも関わりがあれば、事業継承という問題もあるでしょう。
そんな時に、地域で暮らしてくことに「先見の明」を持って、地域に開かれた、その場所にある必然性を持った意味のある建物を次世代に引き渡していければどんなに素晴らしい事でしょう。
今回は、そのような場面を見せていただき、建物が再び美しく生まれ変わる瞬間に立ち会えたことを光栄だと感じた次第です。
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改修前の、「高山商店」北側全景写真

228-1 静かさを求めて

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SHINKA HALL  撮影:黒住直臣

写真は昨年春竣工した、中央区新川の賃貸マンション「SHINKA」の地下ホールです。この2月に三期工事を終了したばかりです。近くには「髙橋(たかばし)」という橋があり、その河岸には船着桟橋もあり、往時の「運河」の雰囲気を感じさせてくれます。

建て主はこの地で賃貸オフィスビルを経営されていました。賃貸マンションに関しては初の事業です。
「建物が年を経るにつれ色あせていく事は宿命なのかもしれないが、ただ年月とともに賃料が下がっていく―それは何とかできないか」という思いを持っておられたのです。そんな建て主のつぶやきともいえる言葉に、この都心で長く事務所を営み、且つこの地に暮らしてきた建築家の長谷川順持氏は、新しく建てるマンションに新たな価値として古びない価値と性能を盛り込みたいと考えました。

例えば、東日本大震災以後、まず求められるのは耐震性です。一方、耐震性のある躯体がそのまま表現される打ち放しのRC造の建物も、都心では10年位で灰色に汚れて、見回してみると味になっているとはいいがたい。メンテナンスが必ず必要ならば、全面打ち放しはいかがなものか。打ち放しの良さを見せるなら、ガラスの内側で経年変化の影響を受けない形にして、外装はタイル貼りにし、ハイドロテクトで埃が付きにくいものはどうだろうか。長谷川氏は建て主と対話を重ねたそうです。

さらに、都心のマンションで問題なのは騒音です。窓を開けると、鍛冶橋通りの車の騒音がかなり部屋の内側に入ってきます。夜中も救急車が通り、換気扇の吸気口も音を取り込みます。サッシの遮音性能は、4つの等級がありますが、一番遮音性能が高いT4は二重サッシでないとならない。内部の広さを考え、T3を狙うことにした方がコスト的にもいい。そして吸気口は天井裏で蛇のように回らせると音が侵入しづらい。開口部の問題はかなり解決されました。
さらに防音性能を高めたのは、壁のALCの遮音性能をアップした事でした。ALCは外側にコーキングをして複数の枚数をついでいます。メーカーでは防水性能だけでなく、防音性能の数値比較も出しているのですが、その数値は複数のALCにシールを打って実験していることがわかりました。そこで、長谷川氏はALCの厚みを厚くするより、むしろシールを裏からも打った方がいいと思いつきます。法律が変り、柱と梁に壁を直接鉄筋で結び付けられないので、ラーメン構造に対して、スリットで乾式壁を立て込んでいくALCは、合理的であるものの音性能が不安です。その目地の音漏れを内外にシールを打つことで解決できると考えたのです。

もう一つは、採光の問題。特にお風呂です。全住戸の共通な印象として自然光の入る浴室としています。建て主も明るいお風呂に大共感。そこで一番北側にあって表から見えない、本来売れない部屋になりそうなところを一番日の光があたりそうなお風呂のあるプランにし、さらに光が当たらない2-7階には、防音性能の高い防音室を設けました。お金をかけることになった分、家賃も上がります。もともと音楽大学が近くにあるわけではないところに、「都心でありながら静けさが手に入り、一人の時間を楽しめる防音空間も持てる」という新たなマーケットを開拓したことになったのです。
オーナーの夢でもあったホールを地下に設けることになり、屋上に気兼ねなく自由に使えるスカイテラスも作りました。
結果的に、防音室のある北側の大きな家賃の高いスペースから入居者は埋まっていきました。マンションには、新たな価値が生まれたのです。