227-1 地域を支える医療療養病院

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写真は、2期にわたる工事を終えて完成した世田谷区経堂の医療療養型病院「児玉経堂病院」です。
以前の建物は木造で、本館は大正10年、別館は戦後、新館は築40年とかなり古く、前々より行政から耐震構造並びに防火管理等の問題から改築するよう指摘を受けていたとのことでした。このたび竣工を迎えられることになりました。

母体は、結核患者のための隔離病棟でした。もともと荏原に本院があったのですが、戦争で焼けてこの経堂の地に移ってきたとのことです。
当時はまだ住宅も少なく、牧場もあったくらいの、のどかな環境でした。
しかし、戦後、周囲が住宅街になるにつれ、木造で古いこともあり「基本的には周辺へのイメージは良くなかった」と、児玉新生会理事の児玉慶隆氏は振り返ります。
昭和20年代まで、結核は日本人の死亡原因の第1位であり、その高い死亡率や感染力のために「不治の病」と恐れられていました。BCGワクチンの普及や生活水準の向上などによって、結核による死亡者・死亡率は激減しましたが、現在も毎年約18,000人が新たに結核を発症し、約1,900人が結核で亡くなっています。(政府広報オンラインから)
児玉経堂病院では、一部残っていた結核病床も6年前に廃止しました。
全館完成で医療療養病床109床、将来的には一般病床11床を加えて120床になる予定で、外来診療の充実、更にリハビリ室も広く設ける事で長期の入院が可能な医療療養型を主にした病院となっています。
「療養病床」とは、病院にある「一般病床」「療養病床」「精神病床」「感染症病床」「結核病床」という5種類の病床群の中の一つです。病気や加齢などで長期の休養を必要としている人が対象で、慢性病の人が充実した医療ケアを受けられるというメリットがあります。
「療養病床」には「介護療養病床」と「医療療養病床」があり、それぞれ「医療療養病床」では医療保険、「介護療養病床」の場合は介護保険が適応されてきましたが、厚生労働省は、2017年度末で「介護療養病床」を廃止しました。理由は「医療の必要性の高い患者と低い患者が同じ比率で混在する」という統計に基づき、介護療養病床に入院する医療措置の必要性の低い患者を介護施設にスライドさせるためです。公的資金の見直し、医療現場の要請などがあり、2011年までに導入と言われてきましたが、これまで延期されてきた経緯がありました。

「医療療養病床」の児玉経堂病院は今回の建替えにあたり医療法の標準仕様に準じて、以下のような必置施設を充実させています。
「一般病床」として、各科専門の診察室 ・手術室 ・処置室 ・臨床検査施設 ・エックス線装置 ・調剤所 ・給食施設 ・診療に関する諸記録 ・消毒施設 ・洗濯施設 ・消火用の機械又は器具。「療養病床」として、一般病床の必置施設に加え、 機能訓練室 ・談話室 ・食堂 ・浴室、を設置。また、病床面積は6.4㎡、廊下幅も1.8m(片側居室)と法令通り広くなりました。
工事をしている最中も、病院運営のため、半分の建物で上記の施設を維持するという計画で、非常階段は屋内で2方向設置が求められるため、仮の階段室を中庭に設け、竣工後解体が行われるという具合でした。
病院経営の面でもご苦労された工事が完了し、関係者の皆様は、新たな建物でのスタートに心を躍らせていらっしゃることでしょう。

(p3の座談会で児玉慶隆理事と設計の山内研氏、担当者油木啓裕氏に、工事を振り返っていただきました)

226-1 新年のご挨拶

 

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 ラグシスヒルズ三軒茶屋   撮影:アック東京
新年、明けましておめでとうございます。
皆様方におかれましては、健やかに新しい年をお迎えのことと、お慶び申し上げます。
平成最後の新春、記録にも記憶にも残る新年の幕開けであり、弊社にとっても大きな節目の年となります。
この度、2019年1月1日付けで代表取締役が交代することとなり、私、岩本健寿(いわもとたけひさ)が新社長に拝命されました。
さらに、昨年10月1日に、弊社は創立20周年を迎えました。森村体制が「創業~発展期」とするならば、これからは「発展~成熟期」という位置付けを目指していきます。
 さて、我々を取り巻く建設業界は、東京五輪景気および消費税率引き上げ前の駆け込み需要という好況要素はあるものの、本年をピークに市場の縮小が予想されております。量から質へと需要転換が本格化するのではないでしょうか。
そのような時勢下ではありますが、弊社の進むべき道は変わりません。
社是「信義は万事の基※」を信条に情熱を持って仕事に取り組み、挑戦し続けます。
今後も役職員一同、皆様方のご期待を“超える”建築をつくり続ける所存ですので、今まで同様のご愛顧賜りますよう、お願い申し上げます。
2019年  元旦
 株式会社 辰 代表取締役 岩 本 健 寿

225-1 大宮

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FUKUMI APARTMENT  ドローン撮影:アック東京

今月ご紹介する「FUKUMI APARTMENT」は、大宮駅東口のすぐ近くで完成した、店舗・賃貸住宅・オーナー邸の8階建てのビルです。正方形の開口部を表現するために、ドローン撮影を試みています。

大宮駅というと、「昔は、東北新幹線の始発駅だった」くらいしか、鉄道知識がなかったのですが、今回調べてみて驚きました。なんと今や14路線が乗り入れる巨大ターミナルになっています。

東京と東北地方・信越地方を結ぶ路線の分岐点に位置し、乗り入れ路線数が東京駅に次いで全国2位。 東北新幹線、上越新幹線、北陸新幹線(長野新幹線)、秋田新幹線、山形新幹線、京浜東北線、宇都宮線、高崎線、埼京線、川越線、東武野田線(東武アーバンパークライン)、さいたま新都市交通・伊奈線(ニューシャトル)で12路線。さらに湘南新宿ラインと、朝夕に乗り入れる武蔵野線を合わせると計14路線になります。
また、1日の乗客者数においても全国でも常に十指に入るほどです。(Wikipedia参照)

そもそも鉄道の駅としては、明治維新の日本の鉄道の第1期線(上野駅~熊谷駅)が開業したものの、浦和駅と上尾駅の間に大宮駅は設置されませんでした。宿場町の役割が低下して、大宮宿の戸数は243戸まで低下していたことが原因でした。
そこで危機感を抱いた白井助七(後に大宮町長)ら地元有志が、自分達の土地を提供して、駅の誘致活動を始めたとのことです。
そして上野駅から青森駅へ向かう現在の東北本線を建設する際に、高崎駅、前橋駅へ向かう路線のどこから分岐させるかが問題になり、アメリカ人技師のクロフォードが「宇都宮への最短経路となる大宮経由で建設すべし」といった意見を出して最終的には井上勝(長州藩士。イギリスに留学した長州五傑の一人。「日本鉄道の父」と言われる)の決断によって大宮はその起点として駅が設けられることになったそうです。

さて、大宮は、1894年には白井が提供した土地を基に駅の北に隣接して大宮工場(現:大宮総合車両センター・大宮車両所)が設置され、さらに日本の重要幹線の分岐駅という交通の要衝となって、「鉄道の町」として栄えるようになりました。
元々は、氷川神社、市役所、さらに繁華街の南銀がある東口が駅の表口でしたが、西口は新幹線の駅ができてから再開発が進み、そごう、アルシェ、DOM等の商業ビル、ソニックシティ、それらをつなぐペデストリアンデッキが整備され、すっかり都会の雰囲気となりました。

しかし、ここにきて、遅れていた東口の再開発も動き出したようです。さいたま市は、「⼤宮駅グランドセントラルステーション化構想」を策定し、「日本経済の中枢を担う企業が東京に一極集中しているという現状の中、例えば、国際競争の最前線としての『東京』に対し、東日本ブランチが集まるビジネス拠点を大宮が担うことにより、日本経済全体のリスク分担を図る。

また、首都直下地震の発災時には、さいたま新都心と連携して首都圏機能のバックアップ拠点として機能させるとともに、日本海側にも太平洋側にもつながっているという立地特性から、リダンダンシー(冗長性、余剰:予め交通ネットワークやライフライン施設を多重化したり、予備の手段が用意されること)の確保にもつながる」と東日本の顔となる街を目指しています(さいたま市HPより)

2021年度竣工予定 (市民会館おおみやが移転)の大門2丁目地区の複合ビルや、2019年度供用開始予定の大宮区役所新庁舎と図書館など、まずは公共施設再編による街並みの整備が進められています。

224-1 街をつくる

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kaede 撮影:上田宏

写真は8月お引渡しを終えた、中野区の集合住宅です。オーナーは地域に複数の集合住宅を建設されており、設計者との良好な関係で街並みづくりに尽力されています。
設計の田村芳夫先生への取材の折、「建設費の高騰による事業費の圧迫で、せっかく『良い建物を』とオーナーが言ってくださるにもかかわらず、採算が取れなくなってしまう状況が残念だ」とのお話をいただきました。
結局「コストを低く抑えるハウスメーカーと戦えない」ということでした。
確かに、基本性能を満たした工場生産のパネルで、工期を短く抑えられる建物は、設計者がデザインし、施工者の手数が入った建物に比べれば、簡単に建ってしまいます。
ハウスメーカーには、広告宣伝費、営業・管理部門の人件費、など建築に関係のない費用が薄く広く載せられており、建物にかけられている経費がどのくらいなのか、をよく見てみる必要があります。もちろん弊社もこのように広報をしておりますので、そのような費用がないとは言えません。
しかし、基本的に「何処に建っても同じ」というスタイルを日本全国で展開されるわけですから、ハウスメーカーのデザインだけでは満足できない方々もいらっしゃいます。そのような方々のために、建築家の先生方が、そして、その施工を行う者としての弊社の存在価値があるわけです。
建物の性能をよりよくする、あるいは、魅力的な新しい資材、設備を導入してみる、というのは、設計をする先生の常であり、そういうものづくりがなければ世の中進歩しないわけです。それにお応えするためにも施工会社も努力を重ねております。が、他の製造業の給与水準と比べると建設業界全体は、まだまだ低いようです。
昨今の建設費の高騰が作業労働者の高齢化など「人材不足」という理由からなら、やはり人件費などが上がってくるのは致し方ないのですが、東京オリンピックの特需も根本的な解決にはつながらないのですから、今後も建設費がすごく落ちる時期が到来するとは言えない状況のようです。
一方で、免震・耐震装置、という地震国日本ならではの設備に対して、先ごろまた事件が起きました。
装置メーカー、「KYB」で検査データの改ざんが引き継がれ、マンションや病院、教育施設など全都道府県の物件で不正が続き、2015年に表面化した東洋ゴム工業の免震偽装を規模で上回る、というニュースが流れました。
いろいろな対策を考慮されても莫大な費用が掛かるようです。
それにしても、最初にこのような装置を考えた人は、そんな運用を想像したでしょうか。関わった一部の人の想像力の欠如が、とんでもない結果を生み出してしまったということです。
222号でご紹介させていただいた「代々木の家」の建て主Y様が、関係者一同を招いて「ねぎらいの会」を開いてくださいました。
「良い建物を建ててもらった」というお客様からの感謝の言葉が、施工者の一番の喜びです。
ときにお叱りを受けようとも、そのことを大事に思っていることに嘘はなく、その後のメンテナンスに、関わったもの一同が長いことお付き合いをさせていただけるように、今日も頑張っています。
その場所にあった、環境に配慮した機能的な建物を建てていただき、魅力的な地域にするためのお手伝いを、弊社は今後も続けてまいります。