221-1 街ぐるみのケアの拠点づくり

「けめともの家・西大井」(『幼・老・食の堂』) 写真:太田拓実

「けめともの家・西大井」(『幼・老・食の堂』) 写真:太田拓実

 

写真は、1月にオープンした、看護小規模多機能型居宅介護施設・事業所内保育所・地域交流スペース・訪問介護、看護ステーションが複合する「けめともの家・西大井」です。2016年に建築・デザインコンテスト「SDレビュー2016」【鹿島賞】を受賞しました。受賞作品名は、「幼・老・食の堂」(設計:金野千恵、アリソン理恵/teco)。竣工間近、昨年暮れの内覧会には多くの人が見学に訪れていました。
運営する株式会社ケアメイト様は昭和33年(1958年)、現社長、板井佑介氏のおばあ様が看護師の経験から「自宅で暮らし続けること」をサポートすべく、城南家政婦紹介所(現・城南ケアサービス)を開始して以来、60年間、「在宅ケア事業」を行っています。
現在、日本における介護保険制度は、施設入居の介護より、「地域包括ケア」「在宅ケア」を根幹にしたものになっています。ケアメイト様では、都内城南地区を中心に、「いま介護が必要な方」だけでなく「これから介護が必要になる方」「ずっとこの街で暮らし続けたい方」の拠り所となり、高齢者介護だけでなく、障害福祉サービスや配食事業、地域保育事業など、支援を必要とする、すべての人たちを対象にサービスの展開を図っています。
この「けめともの家・西大井」は、そんな中でも、高齢者の看護小規模多機能型居宅介護施設、いわゆるカンタキと事業所内保育所が一緒になった、新しいタイプの地域ぐるみの施設です。

今月は、この多世代のつながりを大切にする新たな施設について、ケアメイトの板井佑介社長、設計のtecoの金野千恵氏、アリソン理恵氏にお話を伺いました。

板井氏はまず、都市部の問題として、高齢者の独居問題があるとおっしゃいます。近所の付き合いが昔とは違って本当に少ない、そして一方で、子育て世代もまた地域でのつながりがなく、共働きで子育てしていくには非常に汲々とした状況がある。介護や育児は本来は暮らしをサポートしていく手段なのに、目的化してしまい、業界そのものの魅力が高まらない一因にもなっているということです。目的は、やはり誰もが自分らしい暮らしを維持できること、豊かな気持ちで安心してこの場所で暮らしていけることです。そこで、その二つがつながるような場所・機会を作り、孤立した高齢者、親をつなげて、「お互い様」という助け合いを生みだしたいと思ったそうです。
設計のteco様との出会いは偶然でした。板井氏がある勉強会に行ったところ、何人かの発表者の中に金野さんがいらして、建物の半外部空間に注目し、人の振る舞いと建築が相互に関連付けられている様子をお話しされており、その内容がとても面白かったそうです。
その後、今回の計画を具体化することになり、金野さんの実例もみて、すごく面白いものを考えていただけそうだ、と期待が高まりました。見学に行った建物は団地の一角をリノベーションした、60㎡くらいの介護事業所でしたが、手前に縁側のようなスペースをつくり、街にオープンに開かれたものでした。「これからのケアは、高齢の方、子どもに関わらず、街ぐるみでやっていくべき」と金野さん。もう一つ、スタッフの方がいかに生き生きと働いているかということと、ケアの風景が街の風景となっていくようなあり方が求められているのではないかともおっしゃいます。
「ずっと、我が家で。明日も、この街で。」というのがケアメイト様の想い。地域の中で暮らしていくことをサポートしていく場所作りへの願いが込められたキャッチコピー。続きは、p3の「フロントライン」で。

220-1 発想の転換

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「Peak Cottage」 撮影:阿野太一

 

写真は、2017年8月に竣工した北品川の住宅「Peak Cottage」です。庭の緑も揃いはじめて、やっとご紹介する機会を得ました。
大きなブリッジは傾斜地に建つ建物から、奥の高台へのアクセスとなっています。擁壁に負荷をかけないように片持ちで支えています。
敷地は、起伏のある土地の谷を南北に走る道路に面して、西側から東側に向かって高くなっており、3つのグランドレベルに分けられます。西側前面道路に面する地下1階は、ガレージとユーティリティ、少し上がって1階がエントランスとギャラリー、和室、そして2階はプライベートルームと浴室、3階は大きなリビング・ダイニング、というプランです。
設計のarchitectureWORKSHOPの北山恒氏は、地耐力を見ながら、フローティングの基礎の上に、地下1階から3層目の2階まではRC造、その上の4層目の3階は、木造、という構造を選択しました。
建物の素材は、打ち放しコンクリートや波板型ガラスの外壁、スチールフレームのブリッジやアルミサッシのテラスなど、インダストリアルな雰囲気で、室内の床もフレキシブルボードと、ハードな印象の住宅です。
そのため、うかつなことに私は今回ご案内いただくまで、設計を依頼されたオーナーの方はてっきり男性だとばかり思っておりました。が、子育ても終えられたゆとり世代の奥様でした。
千葉にご自宅もあるのですが、今回は都心でギャラリーやサロンなど自宅を開放して、いろいろな方との交流を楽しみ、お庭も自分好みの木々を植えられて、愛犬と好きな時間を過ごすためのセカンドハウスを建てられることにしたのです。
このような4層の建物では、下から上階に行くにしたがってプライベートな空間を設けるのがオーソドックスなプランです。そのため、当初2階をリビング・ダイニングとしていたそうですが、奥様が以前から気になっていた波板型ガラスを「こういうのも面白いですね」と設計の北山恒氏に伝えたところ、開放的な空間を求められている奥様の気持ちを感じ取った北山氏は、最上階に大きなリビング・ダイニングを持ってくるプランに変更されました。

「もし2階と3階が逆転していなかったら、外に開いた住宅にならなかったし、ブリッジもできていなかったと思います。千葉の家は吹き抜けもあり、その半分の敷地で、どれだけ開放的な空間ができるか、私の中でつじつまが合わなかったいろんなことを、北山先生がうまくリンクしてくださいました」と奥様。

3階のリビング・ダイニングはひとつながりの大きな空間となり、東側の妻から明るい光が差し込みます。2階のバスルームはガラス張りで、モザイクタイルの美しさが目を引きます。1階のギャラリーには、簡易宿泊できるシャワーや和室も用意されて、お友達がしばらく滞在することも可能です。ギャラリーから擁壁へ向かう出口に、庭を手入れするためのコンサバトリーも後から設置されました。
ギャラリーには、奥様が千葉で親交のある備前焼作家や墨絵作家の方の作品が展示されています。「Peak Cottage 」でのすてきな暮らしは、まさに始まったばかりです。今月号は、奥様のご案内で建物をご紹介してまいります。

219-1 レンガタイルの魅力

「moana(尾山台プロジェクト)」    撮影:西川公朗

「moana(尾山台プロジェクト)」    撮影:西川公朗

 

写真はこのたび、尾山台に建ち上がった賃貸集合住宅です。夕景が建物の光と影を際立たせています。外壁には、特注の炻器質(せっきしつ)タイルが貼られており、閑静な住宅街にさらに気品のある雰囲気が醸し出されています。このタイルを生み出しているのが、兵庫県尼崎市に本社を置く、織部製陶株式会社。復元された、三菱一号館美術館やNICCAイノベーションセンターなど、そのお仕事ぶりは全国各地で目にすることができます。

営業部の古澤竜男主任に、四谷にある東京支店でお話を伺いました。
「弊社は創立40周年を迎えるタイルメーカーです。すべて現場ごとに受注生産を行っています。設計の先生と打ち合わせを重ね、職人が1枚1枚手仕事で表情を付けています。

レンガの焼成は、安定的に大量生産できる酸化焼成を行うことが多いのですが、弊社では還元焼成といって、器や焼き物の焼き方と同じ方法を行っています。釜に送る酸素を絞り、タイルの土の中の酸素を引き出すことで、焼き物の表情が出て、タイルの色むら、色幅を出すものです。

工場は岐阜県の瑞浪にあり、織部焼や志野焼で知られる美濃焼の産地です。その周辺は鉄分の少ない土がとれます。常滑などは土が赤いのですが、多治見や瑞浪などの土は、焼くと白くなります。そのため色を付けやすく、タイルメーカーの窯元が多いです。

今回は、厚みの違うタイルを2種類作り、試作を重ねて、打ち合わせの中で色味、サイズを決めていきました。1枚ずつ職人さんが貼り、目地も骨材入りの目地モルタルをチューブを使って入れて、ラフな面を出しました。
また「弾性接着材貼り」という方法を取っており、断熱ボードとタイルの間に発泡系エポキシ系接着材を入れて、さらに接着性を高めています。最近は、『3.11』の震災の時にボンド貼りのレンガが落ちていなかったということで、この方法も増えています。

見本と本焼きで全く同じというわけにはいかないのですが、こちらも先生のこだわりに経験で応えています。還元焼成は1色の調合で色幅が自然と出るので、多くの色をミックスインしていくより、統一感のあるバリエーションを生み出すことができます。また、焼いたものを工場で出荷する時点でバリエーションを考えて詰めていくので、施工現場で職人さんが組み合わせに悩むということが少なくなります」と古澤主任。

社名の「織部」は今から約440年前の武将茶人で、千利休を師に持ち、織田信長、豊臣秀吉らに仕え、安土桃山時代を生き抜いた古田織部に由来します。「やきもの」としての織部焼は、一つとして同じものがなく、斬新で自由なスタイルが21世紀を迎えた現代においても人々を魅了し続けています。その精神を受け継ぎ、職人の手から生み出される唯一無二の質の高い作品を創作し続けていかれるとのことです。

218-1 100 年先を見据えて

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 今月ご紹介するのは、芝3丁目に建った高級賃貸レジデンスです。
総合企画のランドビジネス様の取材に霞が関ビルのオフィスを訪れましたら、おりしも「霞が関ビル50周年」記念イベントが開かれていました。1968年4月12日に竣工した日本初の超高層ビルも50年目を迎えたのですね。思えば敗戦後、焼野原になった東京にどんどんビルが建てられ、東京オリンピックがあり、国民の思いが結実した象徴が「霞が関ビル」でした。霞が関ビルは、リニューアルした部分がとてもきれいな空間になっていて、これほどの建物であれば、100年先を見据えたメンテナンス計画もしっかり行われていくのでしょう。
しかし、一方で、こと住宅に関していえば、ヨーロッパと違い、日本はスクラップ&ビルドを繰り返してきてしまいました。戦後、物資も不足したせいで、とにかく質より量で生産された住宅の平均寿命は、約30年と言われています。今でも、そんな住宅づくりが行われています。
「人生50年」と言われ、ローンを組んで建てた住宅の寿命はそのくらいあれば十分。親の建てた家は、壊して建替えれば済んだのでしょうが、人の寿命も、もはや「人生100年を目指して、生き方を考え直そう」というモードに変わってきました。
書店に行けば、『LIFE SHIFT』(リンダ・クラットン著)を始め、『百歳人生を生きるヒント』(五木寛之・著)、『人生百年時代のライフデザイン(ライフデザイン白書)』(宮木由貴子、的場康子、他著)・・・と関連本が並び、政府も、昨年秋より「人生100年時代構想会議」を設置、人生100年時代を見据えた経済・社会システムを実現するための、政策のグランドデザインに関わる検討を始めています。人口減少で、社会保障制度は破綻、50歳から先、100歳まで自分の人生をどうデザインするか、大きな転換点にさしかかっています。年金で左うちわで暮らすことは、出来なくなってしまっています。
住まいについても、100年生きるのであれば使い継がれた家を大事に使い、次世代に確実につなぐ、あるいは長いスパンで考えられた建物を選び、適切なメンテナンスを施して使っていくしかありません。そして供給する側からいえば、いかに良質の長寿命の価値ある建物を世に出していくかが問われています。
たくさんのタワーマンションが建てられた郊外の都市では、通勤電車が大混雑、小学校の教室も、保育園も不足して、インフラの整備が急務となっています。投資目的に購入した人と実際に住んでいる入居者のメンテナンスへの考え方は、将来まとめることができるのでしょうか。いろいろと考えてしまいます。

リーマンショックも乗り越え、着実な歩みを続けてきたランドビジネスの矢野様からは、創業当時から、100年先を考え、美しい街並みをつくることを最優先にされてきたというお話を伺いました。こと街並みという点では、日本はまだまだヨーロッパの文化に追いついていないようです。街は誰かが意図しなければ、自然に出来上がってくるものではありません。動かす「人」の力が必要です。