232-3  村上まみ・榎本幸男/一級建築士事務所バウ・ビルト

2019年7月10日 at 4:27 PM

SNSはやれません

―お二人の事をお調べしたいと思いましたが、HPは作られていないのですね。

村上:2人とも、そういうことにエネルギーを注ぎ込めないのです(笑)
今回の建て主は、以前設計した葉山の家の建て主の同級生だったことからお話をいただきました。お母様から引き継いだ土地にビルを建てようと考えているという事でご紹介いただいたのが10年前でした。
結局ご実家をご自宅に改修する木造の大規模リフォームを先行してやることになり、その後、西麻布の物件が動き出したという感じです。
―お二人とも、林寛治さんの事務所出身でいらっしゃいますね。
村上:重なっているのは2年半です。私は大学を出てから、藝大の院に行って、建築史・保存の研究室で、街並みの調査などに関わりました。
日々の暮らしや街のにぎわいと建物の工夫の関係などを調べましたが、やはりつくる側になりたくて、林寛治さんの事務所に行きました。

榎本:僕は大学卒業後、大学の研究室で助手をしていましたが、その後、関西のランドスケープを得意とする事務所に入り5年間在籍。それから住宅をやりたくて、林寛治さんの事務所に入りました。1999年からバウ・ビルトに所属しています。

村上:事務所名の「バウ・ビルト」は、「baubild」というドイツ語の造語です。元々30年程前に亡くなった父がやっていた商業デザイン会社の名前ですが、25年前に事務所を始める時にその名前を貰って付けました。「bau」は構築、つくる「bild」は絵、イメージなどという意味です。

―ご夫婦一緒に仕事をされているんですか。

村上:基本的にそれぞれ別の仕事をしています。ほとんど一緒に仕事をしていないので、今回は珍しいです。榎本:既成のモノ、メーカー品では飽き足らないという方が設計者に頼むことになると思うのですが。超お金持ちも中にはいらっしゃいますが、ほとんどの方は条件が厳しいので、どうやって夢を実現させるかということになりますね。

―お仕事は木造の住宅が多いのですね。

榎本:こちらの「普通の家」は実家の建替えです(記事内写真参照)

村上:「宮前の家」は、車椅子で暮らす家族のいらっしゃる住まいです(同じく記事内写真参照)

―気持ちよさそうな木の家ですね。村上さんは特に住宅が多いのですか。

村上:そうですね。以前設計した住宅の建て主からの紹介や、知人の住まいに関する相談から仕事が始まることが多いからかもしれません。住宅の設計は、住む方の望む暮らしや実現したいと考えている事を一緒に整理するという「整理のお手伝い」から始まると思います。

家の事を初めて真剣に考える方も多く、色々不安を抱えている場合が多いので、設計者の解説や提案を受けながら納得して進んで欲しい。安心して家を考える事を楽しんで貰いたいといつも感じています。ですから私の仕事はほとんどが住宅で、大体口コミです。

SNSをやったら?と言われることもありますが、どうしても手が出ません。漠然とした不安もあるし、始めても維持管理し続けられるエネルギーが持てるとは思えませんから(笑)

榎本:結局、所員を持たないで、二人で来ちゃったこともあって。人を雇うとそのための仕事を作らなきゃならなかっただろうから、事務所規模を大きくしなくて良かったなと思います。

最近は他の事務所とネットワークを組んで大きめの仕事もやっています。必要な時に必要なメンバーが集まってプロジェクトを進めるスタイルです。

―本日はありがとうございました。

村上まみ (むらかみ まみ)
1960年  東京都生まれ
1983年  日本女子大学家政学部住居学科 卒業
1985年  東京藝術大学大学院美術研究科建築理論専攻 修了
1985年  林寛治設計事務所入所 92年退所
1992年   個人設計室 開設1995年   一級建築士事務所バウ・ビルト 開設
主な作品 葉山の家、北沢の家、大磯の家、宮前の家、代沢の家、他多数 

榎本幸男 (えのもと ゆきお)
1961年  東京都生まれ
1983年  武蔵工業大学工学部建築学科 卒業
1983年  武蔵工業大学建築学科広瀬鎌二研究室 研究補助員
1984年  三宅祥介建築設計室(現 SEN環境計画室)
1989年     林寛治設計事務所1999年   一級建築士事務所バウ・ビルトに所属
林寛治の協力者として設計協力2005年  一級建築士事務所バウ・ビルトに専属

主な作品 普通の家、鉄町の家、アンリーベノイエ(音楽小ホール)、
他多数