146-3 中尾 実/ナカオアトリエ

2013年4月9日 at 12:00 PM

今月は、「SHO」の設計者、中尾実氏をお迎えしました。丹下健三・都市・建築設計事務所に在籍後、丹下事務所OB4 人が始められた「アーキテクトファイブ」という設計事務所に勤められ、多くのプロジェクトを担当されました。
-丹下事務所に在籍されていた頃はどんな仕事に携わったのでしょうか。

中尾:実現しませんでしたが、キングスセンターという12 万㎡規模のシンガポールのショッピングセンターや、横浜美術館、広島国際会議場、シンガポールインドアスタジアムなどでした。他では得られないような貴重な経験でしたが、小さくても設計から現場監理までの一通りの仕事を早く経験したい思いが強く、声をかけて頂いた「アーキテクトファイブ」に入所し、16年を過ごしました。なので、私の設計実務経験、デザインノウハウの基礎は、「アーキテクトファイブ」で培われたものだと言えるでしょうね。多くのことを学び、良い経験をさせて頂きました。勿論デザインというのは自問自答の中から生まれてくるものですから、自分で開拓していくしか無いのですが、こだわりのある良い建物に携わった経験は大きな財産です。

アーキテクトファイブ
川村純一、堀越英嗣、 松岡拓公雄、城戸崎博孝の4名の共同主宰(パートナーシップ)による設計事務所。1986 年に設立。2006 年を節目に新たな展開を模索し、4人のパートナーがそれぞれ独立した組織を持ち,必要に応じて連携する緩やかなネットワークとして組織を再編。中尾氏は、IRONY SPACE、モエレ沼公園、三戸町役場・三戸町保険センター、PFC/桜美林大学プラネット淵野辺キャンパス、LINK / dB-SOFT・BUG 本社研究所など多数のプロジェクトを担当、参画。


中尾:どれも思い出深いプロジェクトでしたが、アーキテクトファイブのデビュー作となった「LINK」と最後に担当した「IRONY SPACE」(梅沢建築構造研究所)は、特に印象深いです。「 LINK」は設計から現場( 常駐) 監理までを担当した最初の建物である上、内部空間で、イサムノグチさんとコラボができたのは貴重な経験でした。「LINK」の為に制作された彫刻が設置されたのですが、イサムさん自らがT 定規と三角定規で描いた図面の通り、彫刻周りのスペースが造られています。「 IRONY SPACE」は梅沢先生から喜びの言葉を何度か頂きましたが、自己満足度としても、これまで私が携わった建物の中で一番ではないかと思っています。

IRONY SPACE <2003>(設計:アーキテクトファイブ)
鉄の力強さとやさしさの表現を求める、構造設計者のアトリエ。
全体が鉄の面で構成された、100年間のメンテナンスフリーを目指して造られたシェルターでもある。

高さ10cm のデッキプレートに、厚さ4.5mm の鉄板を両側から溶接し、ウレタン断熱材が充填された「デッキプレートサンドイッチパネル」で、地下以外の屋根、壁、床の全てが造られています。鉄骨造の範疇になるのでしょうけど、骨となる一般的な柱、梁は無く、構造その物が外装、内装も兼ねる鉄板建築は、他には例が無かったと思います。内部の見所の一つは、三層のフロアーを繋ぐ吹き抜けにある階段で、22 ミリ厚の鉄板が折り紙の様に折れ曲がっただけの構成で成立しています。 最もシンプルな階段です。 踊り場で1t の荷重に耐えられる様に設計されていますが、踊り場を直に支える構造はなく、浮いているようにも感じます。外壁のコールテン鋼は近隣に配慮し、歩道側はRS コートという錆安定処理を施した塗装になっていますが、いずれ全体が同じ錆色一色になります。髙橋工業(※)の造船技術が前提の建物で、鉄の様々な可能性を感じました。
※髙橋工業=宮城県気仙沼の、造船技術から建築分野にも進出した会社。梅沢氏の自邸IRON HOUSE、せんだいメディアテーク、神保町シアタービルなども手がけるが、昨年の東日本大震災で被災、大津波で工場は全壊。昨年12月に仮工場で稼動再開。

IRONY SPACE_内部の階段

以後、独立してからも、梅沢先生とはお付き合いいただき、今回の「SHO」も構造設計をお願いしました。「IRONY SPACE」の経験があったこともあり、今回、「SHO 」のゴミ入れをコールテン鋼で制作してみました。外構を白い玉砂利洗い出しとし、そこにオブジェのように見立て、塀沿いに配置しました。小規模の共同住宅の場合、建物の前に中のゴミが見える既製品のゴミ入れが設置されたり、ゴミ袋をそのまま道路沿いに出す場合もあったりと、街路景観も損ねているものも多いので、何とか改善したいという観点からも、今回は良かったと思っています。
建築は、建て主さんの要望以上のものを目指す為にも、場の持つポテンシャルを最大限引き出すことが常に求められます。そして、 当たり前の事なのですが、建て主さんに満足して頂くと同時に、設計者の責任として、自身が満足できるレベルの建物にする必要があると常々思っています。今後も、あらゆる仕事に積極的にチャレンジしていきたいと思っています。
―本日はどうもありがとうございました。

「IRONY SPACE の仕事は 今の自分の力になっています」

中尾 実
1980 年

1980 年 日本大学工学部建築学科卒業
1982~86 年 丹下健三都市建築設計研究所勤務
1986~2003 年 アーキテクトファイブ勤務
2004 年~ 日本大学工学部(福島) 非常勤講師
2004 年 ナカオアトリエ 設立 主宰
2006 年 株式会社ナカオアトリエ 設立 主宰

SHOのごみ入れ