130-3 山口東洋彦/アルキセット総合計画事務所

2013年3月25日 at 12:00 PM

山口東洋彦氏 オフィスにて  撮影:アック東京

「デザイン監修の仕事」

 今月は、ShinClub128 号でご紹介した「Mr.Music 本社ビル」のデザイン監修を担当された、建築家の山口東洋彦氏に登場いただきます。山口氏は、日本大学芸術学部美術学科を卒業後、室伏次郎氏のアルテック建築研究所(現スタジオアルテック)に入所。そのとき初めて担当した住宅が前述の Mr.Music 社長の自宅でした。その後、イタリア政府給費生としてミラノ工科大学建築学部に留学、ローマの設計事務所で修行を積むことになります。

-イタリアに惹かれたのはなぜですか?
山口:イタリア人の建築家、レンゾ・ピアノに憧れていて、何とか近づきたいと考えていました。私の卒業時はバブルがはじけて、友人たちの中にはアメリカに留学するものもたくさんいましたが、私は設計事務所で研鑽を積んでいたのでもっと自分らしい選択があるのではないか、と迷っていました。そんな私に、坂倉準三事務所でタイにたくさん学校を設計した経験のある室伏先生は「山口君、行くならアジアだよ」と勧めてくれました。そして編集者の中原洋さんに紹介されて、マレーシアの設計事務所で働くことになりました。そこでの仕事は「キャメロンハイランド」といって、イギリスの残していった茶畑の跡をリゾートにするプロジェクトでしたが、現場の実測調査、基本設計までやっていたところで、アジア経済危機で事業がストップ、やむなく帰国しました。

-それは大変でしたね。

山口:でも、東南アジアに行ったことで、日本の価値観がいかにアメリカ化しているか、ということに気が付いたんです。それがなければ、ヨーロッパには行っていなかった。東京でいくつかの設計事務所で仕事をさせていただき、2001 年ミラノ工科大学に留学することになりました。
ミラノ工科大では、ある意味不真面目な学生でしたね。早速ピアノの事務所にアプローチを開始しましたから。しかしちょうど「9.11」の直後でテロ対策もあり、景気は悪化するし、事務所は手ぶらでくる外国人を雇う気なんかまったくない。それで、自宅の並びにあったマリオ・ベリーニの事務所でアルバイトをしました。ヨーロッパでは、設計の仕事のほとんどはコンペで決まり、しょっちゅう学生に声がかかるんです。
そこで知り合った学生たちと、ミラノサローネ(家具の国際見本市)のブースを借り、家具システムをデザインして出品したりもしました。

山口氏が滞在中に描いたスケッチ。ローマのカンピドーリオ広場から、サン・ピエトロ寺院のクーポラを臨む

ピアノの事務所に入れず 1 年が経ち、帰国しようとしていたとき、知人から「ローマにすごく忙しい設計事務所がある」という話を聞いたのがマッシミリア-ノ・フクサスの事務所。当時、ミラノ見本市会場の実施設計が始まっていて、スタッフを集めていたのです。1.3kmにおよぶうねうねとしたガラスの空間に○や□がくっついている、子どもっぽい、でも楽しい建物です。日本ではこんなこと習いません。機能性も考えないで、形を作ることの無意味さはありえない。でも自由、それをやり抜くという行為が大事だということを期せずして体験できた。ローマのようなクラシックな町で、斬新なデザインをやっている意味を感じたんです。「伝統と革新」とは言いますが、本当にクラシカルなものの価値を知っている人々は、新しいものの価値も認める。何かとんでもないものができて、「ここまで来たか」と人々に思わせるようなものが生まれ、それが時間の洗礼を経て、価値あるものとして残るということを知っている町なんだと思います。

ほかにも 4 年のローマ滞在中に「EUR 新会議場」や「サンケイビル西梅田プロジェクト国際指名コンペ」、バチカンの中にある、「教皇庁ラテラーノ大学の図書館」の実施設計などを行いました。ローマという古典的な都市で世界中から若いスタッフが集まって、不夜城のように働いているのです。日本ではいかに「あ・うん」の呼吸で仕事をしているか、思い知らされました。言葉できちんと伝えなければすぐに事故になる。自分自身の交渉も大事です。

2006 年に帰国、すぐに Mr.Music 本社ビルの相談を受けました。今、自分が行っている「デザイン監修」という仕事はクライアント側のデザインの窓口とでも言えばいいでしょうか。そういう職能が求められていると感じます。設計者もゼネコン、組織設計、工務店、そして建築家といういろんな立場の人がいますが、クライアント側の意志を汲んだ、翻訳者のような立場の人間が、これからは必要です。

-施工者側の意識も、そういうプロセスの変化に柔軟に対応していく必要がありますね。今日はありがとうございました。

 

F社(仏)ジュエリーショップ計画

 

「クライアントの気持ちを受け入れ、アイディアがアップデートされて自身も枯渇しない―最高に粋なことではないかと思います」

1969 年 千葉県に生まれ、東京都で育つ
1993 年 日本大学芸術学部美術学科を卒業後、アルテック建築研究所に入所
1996 年 同研究所退所以降、クアラルンプール、東京の設計事務所において勤務。
2001 年 イタリア政府給費生に選出され、ミラノ工科大学建築学部に在籍。その間、ミラノサローネに家具を出品
2002 年 ローマでマッシミリアーノ・フクサスの事務所に入所、多数の国際的プロジェクトに参加。
2007 年 東京にアルキセット総合計画事務所を設立し、建築家、アートディレクターとして様々な分野で活動を展開