126-3 早川邦彦/東京都市大学大学院客員教授 建築家 

2013年3月21日 at 12:00 PM

建築は文化として継承していくもの

-今月は、竣工した「Tauto(タウンハウス荻窪)」の設計者、早川邦彦氏をお迎えしました。
早川氏は、早稲田大学を卒業後、竹中工務店入社。2年間イエール大学に留学し、その後1年間、カナダのモントリオールでモシエ・サフディ設計事務所(モントリオール万博のとき「アビタ ’67」という集合住宅を設計した、当時新進気鋭の建築家)に勤務。その後竹中工務店に戻り、5 年後独立。個人住宅から集合住宅、美術館などの公共空間まで、作品は多岐に亘る
―私は世田谷区成城のいくつかの個人住宅や、千歳烏山の温水プールと清掃工場など、先生の作品を拝見することが多かったのですが、数年前にはみなとみらい駅の駅舎のデザインもなさっていますね。
早川:みなとみらい駅は、スケルトンの土木部分の設計は日本鉄道建設公団が行い、横浜高速鉄道や横浜市都市デザイン室の方々が意欲的だったので、地域の特性を組み込んだ個性的な駅舎をめざして、インフィル部分のデザインを建築家に依頼したんですね。私のほかに、馬車道駅を内藤廣さん、元町・中華街駅を伊藤豊雄さんが設計しました。

2003 年開通したみなとみらい線のみなとみらい駅。「クイーンズ・スクエア横浜」と吹抜けでつながる開放的な構成の駅は、地上の街の特長を反映させる、近未来的な雰囲気の駅となっている

 

―霧島アートホールなど美術館も作られていますが、どんな建物を建てていきたいと考えられていますか。
早川:建築はクライアントありきですから、私たちが仕事を選ぶわけには行きませんが、やはり私に限らず設計者というものは、なるべく多くの人が利用する場所、公共空間をデザインしたいと思うものではないでしょうか。
しかしバブル以降、公共建築について「ハコモノ」などという変に軽蔑したネーミングでまとめて、世の中全体が建築を文化として捉えることが少なくなってきていると感じます。バブル以前には、アトリエ系事務所に美術館なり公共空間の設計を任せて、それなりに良い空間ができていましたが、最近は煩雑化した手続きをいかにスムーズに行えるかがポイントになって、大手の設計事務所に仕事が独占されています。
週1回、大学で教えていますが、学生もそういうことは肌で感じていて、組織事務所を希望する学生が圧倒的に多い。もし「自分は独立して、将来は個人でやっていこう」という意志がある若者がいても将来は大変です。こんなに経済効率ばかりがもてはやされていては、小さな事務所は公共のものにはほとんどタッチできないんじゃないかな。

―個人の方も潤沢な資金があっても、昔の「普請道楽」のような、建築にお金をつぎ込む人は減っているのでしょうね。
早川:そう。例えば企業のトップになるような人が家を建ててもらう場合、昔なら村野藤吾先生に設計してもらおう、という人がいたわけですが、今だと東京湾岸の超高層マンションの最上階に部屋を購入する、という具合でしょうね。
全てがそういうわけではありませんが、われわれの環境の中に蓄積された建築という文化を継承してほしいと思います。日本の場合、バブルのときにかなりお金を持ったわけだから、チャンスではあったのですが、失敗しましたね。アートポリスはそういう意味で良い試みではありました。

 くまもとアートポリス(Kumamoto Artpolis,略称:KAP)とは、熊本県知事細川護煕が、1987 年に開催されていたベルリンの国際建設展覧会にヒントを得て、建築をはじめとする環境デザイン全般に対する意識、都市文化・建築文化の向上を図ることを目的として 1988 年よりはじめたプロジェクト。若い建築家や海外の建築家も起用しているプロジェクト施設は、2009 年現在 76 件が竣工。海外メディアには「県全体が建築博物館である世界にも類を見ない地域」として評価されている。

アトリエ系設計務所の弱体化は、こだわりのある建物を作る側の施工技術の衰退につながります。左官屋さんにしても、仕事がなければ技術の伝承ができない。高齢化した職人が若い人に伝えられなければ職人の数も減っていきます。それは建築に限らず、歌舞伎など伝統工芸の分野でも言われていることです。発注する側の視点が変わり、若い人たちの意欲につながればと思いますね。

―本日はありがとうございました。

「チャンスのあるときに、いいものを残していく仕組みを作っていくべきだね」

早川邦彦

東京都生まれ

1966 早稲田大学理工学部建築学科卒業/竹中工務店東京支店設計部入社
1971イエール大学建築芸術学部大学院修士課程修了 1971-72モシエ・サフディ設計事務所
1972 竹中工務店に復帰  1978早川邦彦建築研究室設立
以後、早稲田大学講師、ワシントン大学客員教授を経て、東京工業大学、工学院大学、東京大学などで教鞭をとり、現在 東京都市大学大学院客員教授
■受賞
1985 日本建築家協会新人賞 1988 商空間デザイン賞最優秀賞 1992 日本文化デザイン賞
1993 アーキテクチャー・オブ・ザ・イヤー
1994 日本建築学会作品賞
1996 国際建築アカデミーディプロマ賞
1997 村野藤吾賞
2004 公共建築賞優秀賞(鹿児島県立霧島アートホール) 建築業協会賞(東京都芦花高等学校)
みなとみらい駅 駅舎での受賞多数
[第11回公共建築賞優秀賞(2008) 土木学会デザイン賞優秀賞(2006)ブルネル賞(2005)日本鉄道賞 ,鉄道建築協会賞,グッドデザイン賞(2004)ほか ]

「Tauto」の模型を前に松涛の事務所内で。「最近の学生はほめてやらないと辞めてしまうがほめるところを探すのも難しい」と少々もどかしいご様子