121-3 田中伸一/元・グッチグループジャパン代表取締役社長 

2013年3月16日 at 12:00 PM

夢のアーリー・リタイアメントを実現

今月は、元グッチジャパンホールディングス社長の田中伸一さんにご登場いただきます。成績優秀だった幼少期、一転して高校・大学時代にはよく遊んだという田中さん。デパート社員からグローバル企業の社長になった道は決して順風満帆ではありませんでした。
挫折や苦難を乗り越えて、その後念願のアーリーリタイアメントという夢をかなえたお話を、お台場のご自宅で伺いました。

今年 2 月に上梓した著書『ダメ男がグッチ社長になったわけ』(マガジンハウス)では、デパート社員からグッチの社長までの半生を振り返る。新入社員から経営者まで、全てのビジネスマンに夢と希望を与えるビジネスヒントがあふれている。


―ダメ男というのはご謙遜でしょうが、楽しい学生時代だったようですね。
田中:背も小さいから、負けず嫌いで、高校時代は大きなバイクに乗っていました。大学時代は家庭教師で普通のサラリーマンの初任給の倍は稼いでいましたから、時間もあるし自由気ままに学生生活を楽しんでいましたね。
卒業後は百貨店の伊勢丹に入社。主流のファッションではなく食器売り場に配属されたが、心機一転、販売の面白さを実感し、お客様へのアプローチ、バックヤードの工夫、販売士の資格取得などを通して、次第に人事評価を高めていく。
田中:大きく変わったのは入社 3 年目に同期入社の女性と結婚してから。義理の父が銀行マンで、「ビジネスはまず経理を知らなくてはダメだ」と強く経理を勧められ、異動しました。よい上司にも恵まれて、3 年が経過したところで、慶應ビジネススクール(以下、KBS)に行くように薦められました。KBS では生まれて初めて真剣に勉強しましたね。だから今の自分がある。社会人になってからの勉強は目から鱗が落ちるほど納得いくものでした。ここで得た知識や人的ネットワークは今でも私の宝物です。
KBS 卒業後、本社の経営企画部に配属され、英語ができないにもかかわらず海外事業を担当、海外ブランドのライセンス交渉も行う。また不動産「秀和」による、伊勢丹株買占め事件にも遭遇し、株式上場の利便性とリスクの教訓を得る。いずれも、将来グッチに転職することになる田中氏には、大きな経験となった。
―33 歳でアメリカの金融子会社の責任者として、ニューヨークに赴任されます。
田中:英語もあまりできない上に、資金調達なんてしたことがなかったのですが、半年後には数百億円という巨額の調達準備を行いました。この頃外見で舐められてはビジネスに障りがあると、髭を伸ばし始め、それ以来私のトレードマークになっています。
でも一番大きな収穫は、インベストメントバンカーたちに会って、彼らの生き方を知ったこと。破格の給料を貰い、45 歳でリタイアするために寝ずに頑張る。自分のところにも、たくさんヘッドハンターが来て、「50 歳になったら、働かないという選択肢もあるのだ」と気づかされました。
―ニューヨークから帰国すると波乱の事態が待っていました。
田中:1992 年帰国後、課長に昇格し、引き続きアメリカ金融子会社の副社長も兼任しながら、海外事業を担当して、ヨーロッパの土産物店、東南アジアの百貨店の建て直しを行っていました。が、翌年の 5 月にかわいがってくれていた社長と直属上司が突然更迭されて、私も役員ポストを全て解任され、国内クレジット会社へ出向を命じられたのです。
―しかし、配属先のファイナンス会社では、問題点を洗い出すことになり、成果をあげます。
田中:クレジットとファイナンスを行っていた会社のコアコンピタンス(他社に真似できない核となる能力)は何かということを再確認しただけです。これができていない企業が実に多いんです。

若手を育成してファイナンス会社の方向性も見えたところで、田中氏はそれまでオファーを受けていたグッチジャパンに 40 歳で転職。CFO として入社し、7年後にはグループ社長に就任。360 度評価制度の導入や公正な成果主義など次々と改革を推し進める。ブランド価値を存分に事業コンセプトに活かし、2006 年オープンしたグッチ銀座店は高収益をあげている。
田中:当初 250 人だった社員は 1300 人に増えました。仕上げに3 年かかりましたが、2007 年、退職願を出し、2009 年 1 月に念願のリタイアとなりました。私のような働き方はまだ珍しいかもしれませんが、過去の慣習にとらわれない生き方をする人が、今後も出てくると思いますね。
―本日はどうもありがとうございました。

 

「どんな環境にいても常に『そこそこ』のレベルや『必要な人材』になることを目指していました」

 

田中 伸一

1956 年 東京都生まれ
1979 年 上智大学経済学部卒。 慶應ビジネススクールにて MBA 取得(1988 年)
1979 年 ㈱伊勢丹入社。家庭用品販売課(洋食器)を皮切りに、経理部、経営企画部を経て、ニューヨークに出向し、イセタンオブアメリカで EVP( 副社長)兼 CFO(最高財務責任者)となる。その間、バーニーズジャパン他で非常勤取締役を兼務
帰国後、㈱伊勢丹ファイナンス(現エムアイカード)に出向
1997 年 ㈱グッチジャパンに CFO として入社し、1998 年に EVP 兼 CFO となる
2004 年  ㈱グッチグループジャパンホールディング代表取締役社長に就任。グッチグループジャパン代表取締役社長に就任、グループ子会社の役員も兼務
2009 年 グッチグループ退職。現在は㈲田中経営研究所取締役社長。趣味はゴルフと会話

お台場の自宅マンションにて。窓の外には、レインボーブリッジと海浜公園、遠くには東京タワーも臨むことができる。夜景を見ていると飽きないそう。12 年ぶ
ぶりにゴルフを再開し、今はいろんな人と好きなときに好きなだけ会える幸せを満喫している