119-3 松田裕之/生態学者 

2013年3月14日 at 12:00 PM

横浜国立大学内の研究施設にて

今の価値観を絶対視せず、ほどほどの環境保護を

今年 10月、名古屋で「生物多様性条約第 10回締約国会議(CoP10)」が開かれます。「2010 年までに生物多様性の喪失速度を顕著に下げる」という目標が検証される節目の年ですが、生物多様性については国民や産業界にまだまだ認知されていないようです。いったい何をどう守るのでしょうか。文科省のグローバル COE「アジア視点の国際生態リスクマネジメント」の拠点リーダーを務める横浜国立大学の松田裕之教授に伺いました。
―「生物多様性条約」について教えてください。
松田:「生物多様性条約」は、地球上の生物がどんどん減っているために 1992 年の地球サミットで採択されました。生物多様性とは、絶滅危惧種だけでなく、私たちの身の回りの普通の生物も大切にするために考え出された言葉です。「2010 年までに生物多様性の喪失速度をはっきり減らす」という 2010 年目標があり、検証する節目の年ですが、残念ながら条約事務局では達成できなかったと考えています。今後はより具体的な目標を定め CO2 の排出取引のように企業を巻き込んだ制度を定めることが検討されています。
―「生態リスク」グローバル COE の目指すところは?
松田:リスクをゼロにするのでなく、リスクと開発の調和を図る実践的な手立てを考えていくことです。今、恐竜の絶滅した時代よりも急激な絶滅が起きていて、1 時間に 3 種ずつ絶滅しているといわれます。大げさな表現とも思われますが、多様性喪失をゼロにすることは不可能です。
―つい先日、フランスが大西洋・地中海のクロマグロについて、国際取引を禁止する措置に同意すると発表しました。
松田:マグロは乱獲が激しく、日本近海でも漁場保全や取締り対策強化の要望が漁業関係者から政府に出されていますし、インド洋のミナミマグロは世界のレッドデータブックに載っています。
ただ、先進国は途上国には真似できないような厳しい安全基準を求めることも多いです。我々が食べる米とマグロにそれぞれ含まれるカドミウムや水銀も、実は欧州基準を超えています。本当に社会にとって必要というより、学者が仕事を作るために大げさに言っているという側面がないともいえません。しかし、開発が進むアジアの環境問題は深刻です。本当に必要な対策を現実的な基準で管理するための取り組みを進めたい。そのためには欧米よりもアジアの目から見たリスク管理が必要だと考えました。
―そのリスクの比較には適切な数値評価が必要なわけですね。
松田:2 つのリスクのどちらが大きいか常に比較できるわけではありませんし、まったく次元の異なる比較をしていかなくてはならない場合もあります。今、環境問題というと CO2 排出量のことばかり言われます。省エネルギーや省資源はいいことですが、森林を伐採してバイオ燃料を作ることが本当に必要なのか、原子力発電は許されるのか、多様な観点から議論すべきものが CO2だけの観点になっています。生物多様性もそれと同じことです。
絶滅危惧種の数個体を守るために何十億円もかけるなど極端なことが行われ、その影でほかに守るべきものが見棄てられています。
-では、どうしたらいいのでしょうか。
松田:最近「フードマイレージ」や「生態系サービス」という言葉が使われています。前者は輸入食品を運ぶときに使う燃料を計算して CO2 排出を戒めるため、後者は、森が洪水を防いだり、干潟が海をきれいにするような生態系の機能の経済価値を計るために提案された言葉で。まだ 20 年くらいの歴史しかない言葉で、あと 20 年経てばまた別の考え方に変わるかもしれません。
しかしこのような考え方なら、それぞれ「身土不二(しんどふに)」や「自然の恵み(に感謝する)」といった、日本に古くからある暮らしを守っていけば環境に優しい生き方ができるでしょう。
20 年前、日本人の住まいは「ウサギ小屋」と批判されました。今、エコロジカルフットプリントという指標を使えば、環境に優しい家屋ということになります。また許容漁獲量でいえば、生態系で上位となるマグロよりはサンマやイワシなど下位の魚を食べればいい。欧米の動物学研究室の学生には菜食主義者が多いのですが、教授たちは日本人よりはるかに多くの肉を食べています。
何事も極端から極端に走るのではなく、「ほどほどに」環境のことを考え、深刻な問題に限ってしっかり対策を立てるべきです。科学的根拠だけでなく、社会的な合意形成が必要なのです。

―本日はどうもありがとうございました。

「リスク管理は、科学者だけに任せるのではなく、社会の合意形成の下に定めるべきです」

 

1957 年 福岡県生まれ
京都大学大学院理学研究科博士課程修了。
日本医科大学、中央水産研究所、九州大学助教授、東京大学助教授などを経て、2003 年より  横浜国立大学環境情報研究院自然環境と情報部門 教授
2007 年 7.23 NHK クローズアップ現代「魚が消える?環境にやさしい漁業をめざす」 出演
著訳書:『共生とは何か』『つきあい方の科学』『環境生態学序説』『ゼロからわかる生態学』『世界遺産をシカが喰う:シカと森の生態学』『生態環境リスクマネジメントの基礎』ほか

横浜国大構内の環境保全林の前で。「森の再生」は同大名誉教授・宮脇昭国
際生態学センター所長が半世紀にわたり内外で行ってきた事業の一つ。環境分野のパイオニアとして伝統ある大学の研究を今、引き継いでいく