180-3 西沢立衛/西沢立衛建築設計事務所

2015年3月28日 at 6:57 PM

日本の建築、ヨーロッパの建築

―今月は、「生田教会」の設計者、西沢立衛氏にお話を伺いました。妹島和世氏と「SANAA」を設立されたのが1995年。以来、日本建築学会賞3度受賞、ベネツィア・ビエンナーレ国際建築展金獅子賞ほか内外での受賞作品も多く、2010年には、建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞も受賞されています。海外でのお仕事も多い西沢氏に伺いました。

―海外でのお仕事では、日本のようにゼネコンが施工を担当するのですか。
西沢:基本はそうですが、例外もあります。「ルーブル・ランス(ルーブル博物館の別館)」という美術館では、ゼネコンなしでした。分離発注です。各サブコンと直接契約で工事をするので、大変でした。
スイスで学生会館の設計をやったときは、ゼネコンは施工だけでなく、設計と施工、運営のすべてを発注者から請け負うというものでした。ということは我々建築家も、ゼネコンの下請けになりますので、どこかデザイナー化してしまう部分があります。それは最近の世界的傾向ではないかと思います。発注者の消費者化が進んでいるとも言えます。昔のクライアントは建築に詳しかった。直接大工とやりとりするわけです。知識がないと発注はできなかったし、逆に言えば建築発注すると専門家と渡り合うことになるので、いろいろ勉強することになる。自然に詳しくなってしまうのかもしれません。しかし今は、逆に建築を知らない人が発注できるシステムになっていると思います。その一つがスイスの時のような、パッケージ発注といいますか、ゼネコンにすべて丸投げするというものです。これは善し悪しで、良い所は、より責任の所在がはっきりしていることです。すべての責任はゼネコンにあるとすると、消費者にとってわかりやすい。ゼネコンとしてもやりやすいかもしれない。ルネサンスは、施工も設計も全部一緒でしたから。他方で問題は、設計の質が落ちるということで、設計と施工を比べると施工のほうが圧倒的に発注額が大きいので、どうしても物の考え方が施工中心になります。悪い工務店がそういう仕事を請け負うと、建築事業がビジネス化していく。発注側も、一括発注の方が経済的だという理解ですから、やはりものづくりというよりお金儲けに流れていく傾向はあると思います。
―建築家がやりにくくなる、ということですね。
西沢:とても創造的な工務店と組むのなら、面白いでしょうね。生産効率、利潤も重要な問題ですが、ものづくりの意味を忘れて走り始めると、建築としての豊かさ、文化性は犠牲になっていくでしょう。経済一辺倒ではない、ものづくりを意識していかないとダメだということですね。
西沢: 日本の建築の個性というのは何なのかなと考えると、ひとつはヨーロッパと比較するとわかりやすいような気がします。ヨーロッパの建築は、すごく物質的なところがあります。建築物がものとして永遠に残る世界です。建築は記念碑なのです。日本の建築は、軽いというか、どこかで物質的側面よりも、精神的というのでしょうか、形ではない、精神的で宗教的な部分が強いように思います。伊勢神宮遷宮のように、建築は物として残らないけど、精神が残り、技術が残る、というところがある。ヨーロッパの物質性は、建築の作り方にも現れています。日本人の仕事は、細かく、きれいで勤勉で、ディテールへのこだわりはすごいものがありますが、でも建築全体となると、それほど力がない。ヨーロッパの建築の物質性というのは、作り方が足し算的というのか、彫刻的な感じがします。粘土の彫刻のように、どんどん肉付けしていくような感じです。ローマは旧時代の瓦礫の上に新時代の建築を作ってきたので、地面が100年に1m上がっていくのです。まさに足し算の歴史です。コルビュジエの建築も、たとえばラトゥーレットのように、四角い建築の右に全然違う形の建築をくっつけるというような、足し算的な荒々しさです。ヨーロッパの建築を見る度に感じる驚きというのは、まさに現在進行形のものづくり、その野蛮さです。その建築の迫力はヨーロッパのどれだけ小さい住宅でも、ものすごく人間的なものに感じられます。
―「人間的」というのは?
西沢:気持ちが出ているというか。日本の優れた職人は機械のような精密な仕事をする。でもイタリアで優れた職人というものは、自分の個性をいかに出すかで、機械のような仕事をしたらそれは職人生命の終わりです。自分の肉声そのもののような仕事をしなければ、職人としては決して認められません。ミケランジェロのダヴィデは、上に行くにしたがってどんどん大きくなっていきますが、ああいう表現です。そうやったほうがダヴィデの迫力に近い物が作れるはずだ、というもので、ミケランジェロの気持ちがものすごく出たものです。正確さよりは、表現としての激しさですね。イタリア料理も、シェフが朝奥さんとケンカして、その日の夜、そのお店でアラビア―タを注文しようものなら、辛くて辛くて、たいへんです。人間的だから、怒りがそのまま作品になる。翌日はまた味が違って、全体として勢いがあり、生命的で、イタリア料理っていいな、となる。芸術というのは人間のもので、人間のエモーションが出るダイナミズムです。ヨーロッパの芸術のありかたはやはり個人主義者で人間が中心という気がします。日本は、個人主義というのはあまり感じなくて、むしろコミュニティ中心なのか、自然中心なのか、何が中心なのかよくわかりませんがとにかく個人というものは中心に置かれていません。社会主義的な、コミュニティ的ものづくりの世界です。
―本日は、どうもありがとうございました。

「ヨーロッパの建築は大きな建物に迫力がある。足し算で肉付けしていく力が違う」

 

西沢立衛

建築家。横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA教授 1966年東京都生まれ

1990年横浜国立大学大学院修士課程修了、妹島和世建築設計事務所入所
1995年妹島和世と共にSANAA 設立。1997年西沢立衛建築設計事務所設立

主な受賞に日本建築学会賞、村野藤吾賞、藝術文化勲章オフィシエ、ベルリン芸術賞*、プリツカー賞*

主な作品に、ディオール表参道*、金沢21世紀美術館*、森山邸、House A、ニューミュージアム*、十和田市現代美術館、ROLEXラーニングセンター*、豊島美術館、軽井沢千住博美術館、ルーヴル・ランス* 等。(*はSANAAとして妹島和世との共同設計及び受賞)