194-3 上村健太郎/建築集団フリー

2016年5月17日 at 3:59 PM

雑草のような設計者でありたい

今月は「アットホーム本社ビル」の設計を担当された、建築集団フリーの設計チーフ、上村健太郎氏にお話を伺いました。「建築集団フリー」は、その名前からフリーランスの設計者が、プロジェクトに応じてタッグを組むと思われがちだそうですが、もともと拘束されることが嫌いなメンバーが集まって作られた事務所だったため、そのような名前をつけたのだとか。その後、所長の三木氏が代表として運営、40年続いている事務所なのだそうです。上村氏は、自分の生年月日と、「建築集団フリー」の創立日が1日違いということもあり、運命のようなものを感じたということです。
現在は、ハウスメーカーの委託設計を担う本田奈央氏とデベロッパーのテラスハウスの確認申請や実施設計を担う石山良平氏の2人の有能なスタッフとともに、少数精鋭で業務にあたられています。
辰とは、2006年、ある落語家さんの着物を担当されている日本橋の呉服店の店舗併用住宅のお仕事からお付き合いが始まりました。減額調整しながら工事がまとまり、和の趣を持つビルが無事建ち上がりました。

―今回のアットホーム本社ビルは、印刷工場と事務所ということですね。
上村:35年にわたるお付き合いをいただき、今回のご依頼で15件目になります。全国展開されていらっしゃるので名古屋、九州、大阪、東北、千葉も船橋に支店があります。中には、同じ敷地の中で、最初は所長の三木が設計し、2つ目を私が担当したものもあります。一昨年は賃貸住宅を建てさせていただきました(アットホームレジデンス:右下写真参照)
―長いお付き合いで信頼関係が築かれているのですね。
上村:隣接して「アットホーム・コンピューターセンター」がありますが、ここは所長の三木が27年前に設計した建物なのです。赤いタイルで、重厚感のあるデザインです。実は、今回の建物の設計を私に委ねてくれたのには三木の『考え』がありました。今後、経営を含めて、事務所の権限を私に委譲していこうという気持ちを示してくれたのです。私も担当させていただくにあたって、三木の設計した以前のものとは違うものをやってみたいという思いがありました。シンメトリーではなく、外壁も白いモダンな形で、新しい時代にあったものを作りたいと。ただ、違うけれども、「シンボリックな建物」という意味では、「建築集団フリー」としては、そのコンセプトは受け継いでいけると思いますね。「受け継がれるかたち」だと思います。
事務所は今年で創立40年を迎えるので、節目でいろいろなことをやっていきたいと考えています。

私自身は、「建築家」とか「先生」と呼ばれる存在ではない、と思っております。正直にお話させていただくと、1998年、大学を卒業したときは、バブルがはじけて数年が経ち、建築業界も経済不況の真っただ中でした。大学の友人は、「設計事務所なんか就職するもんじゃないよ」という人間がほとんどで、どこに就職するにも、設計事務所なんかやめた方がいいと言われていました。それでもやっぱり設計がやりたくてこの世界に入ってきたのです。そして友人らの言うとおり、食べていくのもやっとでした。入った設計事務所は小さなデベロッパーの下請け、代願業務がほとんどで、土日にコンビニでアルバイトして食いつなぐ、大変な時代でした。設計事務所を渡り歩き、行く先々で経営困難に追い込まれ、ある事務所では信頼し、尊敬していた上司が経営難で自殺するというヘビーな経験もしました。そんなわけでこれまで、仕事の面でも経済的な面でも、恵まれているとは言い難い環境できたので、過去に素晴らしい実作などありません。でも、多くの同世代の人たちは同じような経験をしているんじゃないでしょうか。「今まで苦労してきた分、どんな状況にも耐えられる」、「建築を通して社会貢献ができたらいい」と本当に思っているのです。

実は今回、故郷の熊本が地震でこのような状況になって、今、震災に対してとにかく何かしたいという気持ちでいっぱいです。建築士として力になれればと願っています。
―さぞ、ご心配でしたでしょう。ご実家は大丈夫でしたか。
上村:外壁にヒビが入ったり、家具は全部倒れたり、食器はめちゃくちゃになったそうですが、家族は無事でした。実家は幼稚園をやっています。今、避難所のようになっていて、幼稚園の体育館を開放して50人くらいの人を受け入れているそうです。

「避難所」となる建物や、指揮系統を持たなければならない役所、病院がダメージを受けて、機能できなかったことはかなりショックでした。公共機関はそれなりの耐震性を持った形にしておかないとだめです。耐震診断、それに伴う改修工事が間に合わなかったのは本当に残念です。まず「安全」、それが第一ですね。
制振、免震技術は進歩しているのですから、それを実行する判断が大事。やはり、地震に対する行政の考え方、意識は都市部と地方では違いますね。それが形になって表れています。それに電力については、九州は火山、温泉があるので、より地熱利用が進むといいと思いますね。こんな機会に改めて考え直してみることが大事ではないでしょうか。

―今日はどうもありがとうございました。

「地元熊本の復興に建築士として尽力していきます」

 

 

上村健太郎

1976年 熊本県熊本市生まれ
1998年 東海大学工学部建築学科卒
アトリエ・アプト入所
1999年 山下建築企画研究室入所
2004年 シンヤ設計入所
2010年 建築集団フリー入所 設計チーフ
現在に至る