205-3 太田耕司/K・O総合計画事務所

2017年4月11日 at 1:57 AM

施主と向き合う建物

 今月は、八芳マンションの設計者、太田耕司氏に登場いただきます。

 

―コンクリート打ち放しだけでなく、木造もSRC造の大きな建物の設計も数多く手掛けられていますね。
太田:なんでもやりますよ。大学卒業して、できて2年目のプランテックに入りました。当時はまだスタッフも4,5人でしたが、今は大きな会社になりましたね。22年前に辞めて独立しました。
独立後、初めに設計させていただいたのは、「ネオ製薬」という会社の長野工場で、一般にはあまり名前は知られていないかもしれませんが、歯医者に行くと、皆さんが必ずお世話になる製品を扱っている優良企業です。プランテック時代に本社ビルを担当していました。
それから昭文社という地図会社の深川本部ビルや本社ビルも設計させていただきましたね。

 

―今回の八芳マンションのオーナーY様は、自宅の施工を近隣の工事現場を見て、その現場所長にお願いされたとのことでした。
太田:個人住宅物件をほとんど断る施工会社で、Y邸もいったんお断りにいったのですが、統括所長が施主側の熱意に負けて請けることになりました。そういう人と人の結びつきは大事だと思いますね。
今回も、八芳マンションは、昨年、辰で本社を建てられた浜田製作所さんの紹介でした。浜田さんには手摺等、鉄部を製作していただきました。
Yさん自身は「コンクリ―トの打ち放しは、あまり好きでない」とおっしゃっていましたが、自宅では打ち放しの内装を基本に、和空間を活かした、いい仕事を施工会社にしていただきました。

 

―近くの「圓通寺」の設計も手掛けられたそうですね。化粧型枠のコンクリート打ち放しの内部が素晴らしく、高い天井の梁に圧倒されます。それに建具や和室の部分の細工が凝っているようですね。
太田:木の部分はM工務店が力を入れて、施工していただきました。昨今、和風に特化した建築が少なくなってきていると聞いています。
「和室」は、皆さんもっとご自宅に作られてもいいのにと僕は思いますよ。一つあるだけで、いろいろな用途に応用がききますから。今進行中の千葉にある日蓮宗7大本山の一つの寺で、和風木造建築の本院を手掛けていますが、江戸時代より建て増ししてきた茅葺屋根の木造建築物を壊して計画をしました。茅は近隣で栽培してメンテナンスしてきたそうですが、生産農家がいなくなり、作れなくなったそうです。残念ですが、需要が少ないからですね。

 

―福島県の方で、木造の住宅を結構作られていますが・・・。
太田:もともと福島の出身です。原発の大熊町に、会社経営している施主がおり、木造の住宅兼迎賓館の設計を依頼されました。2008年に竣工したのですが、玄関を開けると、真っ白な砂利が敷き詰められた木とガラスの空間が広がり、その上を裸足で歩き、バーベキューもできるように計画しました。現地の大工さんとああでもない、こうでもないと精魂込めて作りました。

その3年後、ですよね。東北地方太平洋沖地震があり、東京に避難してきた施主と2週間後、現地に行きました。計測器を持ちながらの視察でしたが、放射能が非常に高く、大熊町にはもう住めないと感じました。施主が建物を気に入ってくださっていたので、「移築」を考えましたが、「その方がお金がかかる」とのことで、結局、住宅メーカーで同じようなものを新たに移転先に建てられました。が、似て非なるものですね。大熊町にはその建物だけが残っています。

 

―残念な話ですね。
太田:本当にそうです。今頃は使用していないので、無残な姿をしていることでしょう。

先ほど話した日蓮宗の本院がそうだったのですが、木造の大型物件は、結構難しいですね。500㎡以上だと、構造計算書を出さなきゃならないのですが、私の周りにはやってくれる構造事務所が少なかった。「木造計算はやらない」というところが 多かったですね。

施工は当然のことですが、設計と熟錬した棟梁がいて、意見を交わしながら進めないと、面白いデザインができません。ときには、図面と違うものができる。それが両者を育てるのだと思います。
木造でもコンクリートでも、建物は、たくさんの人がたずさわって造るものです。それを取り仕切る現場監督がデスクで書類管理ばかりだと、現場が職人任せで、取り合いがいい加減になり、問題になる。困った現状ですね。辰は若い人が多く、どんどん現場に出ていますので、これから伸びる会社だと感じますね。大事なことだと思います。
先日、渋谷区役所で打ち合わせをしていたとき、担当者から「太田さんはベテランですね」と言われてどきっとしましたね。初めてでしたから!
「俺がベテラン?」その技量が備わっているのか、深く考えさせられました。建物余りのこの時代、設計者はいかに施主、施工業者と向き合い、自分が計画する物件を造っていけばいいのか、日々考えています。
―本日は、ありがとうございました。

 
太田 耕司

1962年 福島県生まれ。
1986年 明治大学工学部建築学科卒業
1986年 設計事務所勤務
1995年 株式会社K・O総合計画事務所 設立

 

設計実績
ネオ製薬工業新長野工場、昭文社深川本部ビル、昭文社本社ビル、Y邸、圓通寺庫裏、富津クリーンセンター、I.C.E迎賓館、ネオ製薬第二ビル、大本山清澄寺本院、その他、個人住宅など多数