59-3 建築家紹介10 芦原太郎/芦原太郎建築事務所

2005年1月5日 at 5:00 AM

「建築は人」

  今月は、CーHOUSEの設計者芦原太郎さんの登場です。目黒区駒場の事務所に伺って話を聞かせていただきました。
―芦原さんは、個人住宅から公共の建物、マンションまでさまざまなお仕事をされていますね。
芦原:頼まれるといやと言えない性格だし、何でも興味を持つタイプですから。目標を持って理想像を掲げてやっていく建築家もいるけど、僕は自称カメレオン建築家(笑)。個人のクライアントのために住宅を建てる場合もあれば、デベロッパーのため、つまりビジネスのため企画の実現を考えてあげることもする。市民のための公共施設もある。建築という形を使っていろいろな仕事をしています。今度デベロッパーと組んで、アパートのシステム開発をし、初めてのロイヤリティ契約をしました。
―デザイナーズマンションが一般にも浸透して、デザインの重要性が認識され始めていると感じますが、個人住宅では、「せっかく建築家の設計でRC住宅を建てたのに、買い替え時には広さと駅からの距離だけで値段が決められ、普通の木造住宅と同じ程度にしか評価されなかった」という不満を持つ建て主もいます。設計者や建物についての機能性、デザイン性、さらにそれをリノベーションする意味のある付加価値などもっと語られていいのではないかとも思いますが…。
芦原:ただ、僕はそれで値段を上げるという気はしないね。確かにアメリカなどでは、しっかりと経済価値に反映されているケースもある。場所や広さだけで決まるのではなくて、「どういう家か」、「設計者は誰で、持ち主は誰だったのか」とか、そういったストーリーで値段が左右される。でも、例えばバーゲンセールで100円均一の商品が並んでいて、もしその中から自分にとって価値のあるお買い得品を見つけた人がいれば、賢い目があるその人をほめてあげたいな。賢い生活者が出てくると、値段の価値も意味がある。
つまり住宅の場合、「みんなの価値である必要はない」と思う。自分が家を買ったり作ったりするのに、「どうだ、いいだろう」とみんなから価値を認めてもらう必要はないと思わない?その辺の中古品でもいいものもあるのだし、住んでいる人が満足してくれるのが一番うれしいよね。昔の建築家というのは、王様というスポンサーがあって、国威発揚のような、一般人にわかりやすいものを提示しなくてはならないという責任もあったかもしれない。それなら僕も「時にお役に立とう」と思うこともあるけれど、住宅は違うもの。
―なるほど、そうですね。
芦原:それから、建物を建てるときは、いろいろとクライアントとの間で意見交換をするでしょう。昔の設計者の先生方は、そんな時クライアントを教育した。「人類の歴史を見ろ」とか言って洗脳した上で、自分のデザインを認めさせる。それに比べたら僕らなんてできるわけない。そもそも僕なんて、クライアントは皆年上だったしね。それなりの一家言持っている偉い方なわけだから、洗脳どころの騒ぎじゃない(笑)。こちらが勉強させてもらってきた。だから洗脳というよりは、クライアントのためにどうしたらいいか、何を求めているのかを考えてきたわけ。だからと言ってすべてクライアントに言われたとおり作っていたら、おかしくなることもたくさんある。そこは、建築家が説明していくだけだね。
―昔、住宅の設計コンペやりましたが、模型を使ったプレゼンテーションまでやったのに、結局奥様のお父様が薦めるハウスメーカーのプランに決まってしまい、設計者の方たちに申し訳なかった経験があります。普通の人にプランを決定させるのは酷ですね。
芦原:住宅設計の場合は、まさに「人」。クライアントも設計者といろいろやりあった上でないと、結局わからないでしょう。僕だって、突然3案出てきて、それを基に建築家を選ぶなら止めた方がいいと思う。「人」が信頼を得るわけです。「建築家に頼んだら、設計を変えられないんじゃないか」と思いがちですが、「人を選ぶんだ」ということにしてあげればいいんじゃないの。
大事なのは、なかなか建築事務所の先生と建て主を結びつける場面がないということでね。僕らは今、「アートウェブハウス -art web house-」という家作りをアドバイザーとしてお手伝いをしています。建築家と家を建てたいという人の接点を作るために、青山にスタジオを構えて仲人のような立場で「建築家による家作り」を紹介しているんです。のぞいてみてください。
―公共のコンペではどういうことになりますか。コンペでの審査、協会のお仕事も多々なさっていますね。
芦原:コンペでも同様の問題はあります。「人」を選ぶのか、「案」を選ぶのか。
 その昔、香川県に金子知事と言う人がいて、丹下健三さんとか大江宏さんなどの建築家を登用して、特命で「君これやってくれ」「香川県の文化をつくれ」と、良いまちづくりをしようという時代があった。その当時は入札が一般的でしたが、熊本や岡山などが後に続いて、バブルの頃まで建築家の特命の工事が結構あった。
 最近ではプロポーザルとか、コンペというのが増えてきました。プロポーザルとは、ある条件、例えば3年間で何㎡以上設計して、こういう建物を建てたという条件に見合った人たちが、簡単に案を出すスタイルなんですが、案を選ぶのか人を選ぶのかはっきりしません。
 コンペで最終的に1つの案を決めると、後から案を変えたくても変えられないという不自由さが出てくる。建築家本人としても変えたい、クライアントとしても変更したい、でもいったん決めてしまうと、なかなかそれができない。大勢の人の案の中から選ばれたのだからあたりまえですね。
そこで最近、建築家協会では、QBS=資質評価制度(Qualification Base Selection)というシステムを普及させようとしています。アメリカなんかのやり方ですが、建築家をインタビューする、あるいはその人の作った作品を見る、作品を管理する人のところへ行って取材するといったことで審査する。「あの人に建ててもらってどうでしたか」「建物はどうでしたか」と。すると「いや、ひどい目に逢っちゃった」とか、現実が浮き彫りになってくる。ほんとに自分たちの仕事を任せられる人かどうかをそこで判断するのですね。「人」を選ぶんです。
 個人や行政が、建築家といかにいい出会いをするかということがある一方、「商品」というもう1つの違った方向、マーケティングの話がある。さすがのデベロッパーもやっと「デザインというのが大事なのかな」ということに気がつき始めたようだね。
 その昔「K先生プロデュースのマンション」と名前だけで売れた時期もあったけど、結局マンションなんか、普通の奥さんでもモデルルームとか比べていくうちにだんだん目も肥えてきちゃうでしょう。僕はそういうところにすごくポジティブなんだ。いわゆる、デザイナーズマンションというと「僕のマンションはそういう風に呼ばれるのはいやだ」という人もいるけど、それはその昔、デザインというものをわからない人のために使っていた名残だと思う。
 いずれにしても「デザイン」という言葉はいろんな人に浸透し始めていて、いい方向に動いていると感じている。
僕自身は、クライアントと一緒にいいものを作っていくのなら、分野は関係ない。住宅であろうが、公共であろうが、デベロッパーだろうが楽しくやるだけだよ(笑)。

芦原太郎(あしはらたろう)
1950年 東京都生まれ
1974年 東京芸術大学美術学部建築科 卒業
1976年 東京大学大学院建築学修士課程 修了
1977年 芦原建築設計研究所 勤務
1985年 芦原太郎建築事務所設立 代表取締役
2003年  芦原建築設計研究所 代表に就任
F-HOUSE、白石市立白石第二小学校、シマノ本社ビルウェストウィング、西五軒町再開発計画など、個人邸から、市民参加型のワークショップ手法を設計に取り入れた公共建築まで幅広く手がける。
まちづくり活動、他分野との商品開発実験などにも取り組んでおり、日本建築家協会副会長(2000-2002)、東京芸術大学講師(2001-2003)、グッドデザイン賞審査員などの社会的活動も精力的に行っている。