62-3 建築家紹介13 鈴木基紀/空間設計社

2005年3月5日 at 5:40 AM

「部分と全体 ~丁稚時代に学んだこと」

 

今月は、Forgedの設計者鈴木基紀氏に話を伺いました。
弊社ではほかに田園調布のM-Houseの施工もさせていただいています。
―鈴木先生はどのように建築の設計に取り組んでいますか。
鈴木:なにしろ与えられた設計条件に身を委ね、最初は手探り状態です。デザインは狙うものではなく、プロセスの中から自ずと姿を現してくるものだと考えます。混沌の中に仮説を積み上げて、徐々に姿を現す「部分と全体」を行き来して両者の関係を図ります。又、別の視点ですが、施主とのやり取りが深まってくると次第に「施主になりきる」ことができるようになります。大袈裟に言えば「憑依」かな..。最終的には「部分と全体の関係」に、施主らしさ、施主の「居住まい」が滲み出れば、それが一番だと考えます。
―「部分と全体」を行き来するというと・・?
鈴木:ある「部分」を考えている時に、他の「部分」が刺激されてアクティブになるんです。そして連鎖反応的にアクティブな「部分」が次第に増えてきます。互いに呼び合う関係だったり、対立する関係だったり様々ですが、ザワザワと賑やかになるんです。そうこうするうちに「部分」が集合し始め、「全体」の姿がおぼろげに見えてきます。「全体」像は刻々と変化しますが、ある時点で、1番目の「全体」像を決めてしまいます。そして、その「全体」像に基づき、それぞれの「部分」を見直します。整理・統合することもあります。施主の要望はこの作業に取り込みます。作業を続けると2番目の新しい「全体」像が見えてきます。そこでまた、それぞれの「部分」を見直し、部分の再編成を試みて3番目の「全体」像を作り上げます。こんな感じで行き来するわけです。
又、例えばA案とB案があるとする。あるテーマにおいて、B案で良くない点がA案では良い。ではA案の良い点をB案に取り込みましょう..。別のテーマでは B案が実に魅力的。ではこれを A案に頂戴しましょう..。つまりは「いいところ取り」ですね。そして、最終的に「どちらを選ぶか?」をより高い位置で判断できるようにする。つまり「アウフヘーベン(止揚)」ですね。最後には、好き嫌いを超え、どちらを選んでも良い、というところへ辿り着きます。
―アウフヘーベン、哲学用語ですね。ちょっと懐かしい言葉です。
鈴木:設計とはこういう「行きつ戻りつ」、又は試行錯誤の連続です。「部分と全体の関係」がいかに豊かで緊密であるか、が大事なんです。「関係性の美学」とでも言うのかな。作業を重ねていくうちに、だんだん全てが泡立つようにアクティブになってくる時期がやがて訪れます。あちこちで火花が飛び散るような感じかな。
―そういう確かな感覚があるんですね。
鈴木:はい、あります。そしてこの状態が、ちょっとした契機で一挙に収斂しはじめ「全体」像が鮮やかに焦点を結び始めます。
―それって、感動的な瞬間ですね。
鈴木:そう。なんとも言いがたい悦びです。「至福の瞬間」ですね。建築の仕事は近隣問題やら、法律、工事予算など、うんざりすることが多いけど、この悦びがあるからこそ続けられる(笑)。僕は、このような設計作法を鈴木恂先生のもとで徹底的に叩き込まれました。
―鈴木さんは早稲田大学のご出身で、卒業後、鈴木恂先生のアトリエに入られたのですね。弊社では「スタジオエビス」の改修工事を時々やらせていただいています。
鈴木:僕は就職浪人。1年間待ちました。その間、海外を旅行しましたが、帰ってきたらタイミング良く空きができて入所できました。当時、恂先生のアトリエは神宮前の古い洋館にあり、天井の高い製図室に畳1枚の大きさの製図板とT定規を頂戴しました。ピンと空気の張りつめた雰囲気でしたね。アトリエでは7年間修行しました。
―設計事務所での修行って、どういう感じですか。
鈴木:例えば、「この階段のあり方をエスキスしなさい」とテーマを与えられる。ところが「何をどう考えて良いのか」が分からない。先輩所員にヒントをもらいながら1週間くらい悩んで、先生にプレゼン、つまり発表しなくてはならない。それが前日になっても考えがまとまらない。そして当日、先生を前にしても当然話は弾まない。失意のドン底…そして先生の話が始まる。コチンコチンの塊が徐々に解きほぐされ、縦糸と横糸を紡ぐような先生の話にはワクワクしたものです。アトリエでの修行はこの「ドン底感覚」と「ワクワク感覚」の繰り返しでしたが、とても贅沢なレクチャーでした。「部分と全体の関係」をようやくひとりで整理出来る様になったのは、独立する頃でしたね。
早稲田建築については、あのコルビジェの弟子だった吉阪隆正先生から、鈴木恂、象設計集団という2つの系譜が派生して、デザインは違えどもいずれもこってりと議論を戦わせる設計作法が継承されました。
―昨年末、吉阪先生の回顧展がありましたね。
鈴木:展覧会の建物は「八王子セミナーハウス」でしたが、デザインの完成度の高さ・凄みを目の当たりにして、久し振りに身震いしましたね。「部分と全体の関係」が見事に出来上がっている。例えば丹下さんの代々木も、ほんとにすごいですよね。一時期までの建築家は間違いなく、「部分と全体の関係」を最大の関心事として設計している。そういうことが最近は影をひそめているように思います。
―普通の人には、建物を見ただけではなかなか判断できないかと思いますが、建築をほんとにわかって楽しむ贅沢はいいですね。
鈴木:そう、とても贅沢。気持ちが高揚します。欧米の家庭には、建築の全集が並んでいることが珍しくない。あちらでは、建築は教養、文化なんでしょうね。田園調布の施主Mさん(アメリカ人)も、F・L・ライトを相当勉強されていましたね。ライトの話題はそう頻繁に出ませんでしたが、結果的にライトのイメージがいつの間にか入り込んできました。無理をせず自然なかたちで施主の指向が建物に反映されたとしたら、設計者としては本当にうれしいですね。
―設計者の「コミュニケーション能力」などと一言で片付けてしまっては失礼ですね。奥が深い。
鈴木:怖さはありますね。何千万円という財産である住宅を作るわけだし、施主は当然のことながら本気ですから、裏目に出ると、つらいことになる。
―そういう意味では、建築家の地位が、日本ではまだまだ欧米のように高くないようですね。職能としても、要求される能力の割には、ほかの業界に比べて安くみられているような気がして・・。
鈴木:間違いなく言えることは、欧米に比べ、設計のライセンスホルダーが圧倒的に多いということです。誰も彼もが財産という建築を作る資格を持っている訳です。欧米におけるレジスタード・アーキテクトの数はとても少ない。日本における建築家の職能を考えると、この問題はとても深刻ですね。
―鈴木さん自身は今、若い方に何か伝えていくことをなさっていますか。
鈴木:3年前から「ものつくり大学」のインターンシップ制度で、学生を受け入れています。事務所に来て研修することで単位が取れるのです。学生はまだ何も出来ないわけですから、預かるこちらもつらいんですが(笑)、さきほど話した「悦びの瞬間」「ワクワク感覚」を感じ取ってくれれば良いな、と思います。Forgedの模型も学生達に作ってもらいました。今年卒業した子がこの春から事務所に通っています。
―今後も若い人が建築をやってよかったと思える環境がほしいものです。今日はどうありがとうございました。
鈴木基紀(すずきもとき)
北海道旭川市生まれ
1979 早稲田大学理工学部建築学科卒業後、ヨーロッパ、北アフリカ放浪
1980 建築家・鈴木恂に師事(丁稚の時代)
1986 独立
1987 (有)空間設計社 設立 現在に至る
主な仕事
1992年 IZVI
1994年 IZCO
1995年 海の家、クラブハウス(喜界島)
1998年 DOME
受賞
1978 第13回 セントラル硝子国際設計競技  入賞
1996 熊本県 アートポリスデザインコンペ   入賞
http://home.s07.itscom.net/motoki