63-3 建築家紹介14 大杉喜彦/大杉喜彦建築綜合研究所

2004年4月5日 at 6:30 AM

「理性と感性」

―大杉先生は、ガラスブロックを使った建物の設計で有名ですね。
大杉:最近は、少なくなりましたね。僕とガラスブロックとの出会いは、まだ大手事務所に勤務していた頃になります。
 あるとき日本硝子建材の営業部長から製品説明を聞く機会がありました。パンフレットを見るとよく見かける建売住宅の玄関脇の袖に採光窓として使用している程度。「折角ならもっと大きな面として使用すると楽しいのに」と提案したことが始まりでした。その頃自分の独立が決定。京都の西陣で歯科医院+住居の設計がスタート。デザインコンセプトのボールト屋根とそこからの採光にガラスブロックを使用した最初の作品が、“THE EEL BED”(うなぎの寝床)でした。独立前の発表作品は2件ありましたが、独立後の発表としては初めての作品です。(『新建築8005』)とにかく、間口5x奥行42mという一部変形の京都のうなぎの寝床そのものの敷地でした。坪庭を建物の中央に介入させ、屋根はガラスブロックをボールト状に積み、その室内の3階は吹抜けでガラスブロックのブリッジを掛けました。2階の床もガラスブロックを用いて、1階の歯科医院の採光面積を確保したのです。評判は上々で、その後の僕の作品“INDEX”(街の指標)シリーズが始まるわけです。ガラスブロックは様々な用途の建築の開口部に大量に用い、建築雑誌にも数多く発表しました。ガラスブロックの売上げも急上昇ですよ。お陰で日本硝子建材の本社ビルの設計をやらせていただきました。“SUMIDA INDEX”という作品です。(『新建築9212』)グッドデザイン賞や優良景観賞もいただきましたね。
―大杉先生のお陰ですね(笑)。建物も周辺から際立ちますよね。
大杉:“INDEX”は街の景観として昼間だけではなく、夜は行燈のごとく見える、昼景と夜景の表情変化を意図しています。
―ガラスブロックというとまず採光性を思いつきますが、そのような効果もあるのですね。そのほかの魅力とは何でしょう。
大杉:ガラスブロックの魅力は集合体として扱った透過壁に、壁の意味を明確に持たせることにより始まるのです。そして光は、決定的な役割を持ちます。様々なパターンのガラスブロックを透かした光、この光は瞬間的にも永続的にも使用できる光なのです。この光は外界より内界へ、また内界より外界へ圧倒的な強さで、また一方的な強引さで人の知覚に侵入してくるのです。ガラスブロックを透過した光は、自分の周辺部分全体、言い換えれば環境を自分のものとして支配してしまいます。つまり人と建築との関係の“場”を考えるにあたって、きわめて優れた物理的性質を持っている。しかもこの歪んだ光は今までに触れた全ての空間を、明るさの中における“場”しか持たなかったのに対し、もう一つの“場”、暗さにおける形態を可能にしました。それは、可視空間の存在性によって構成された建築が、一挙に抽象的思考、抽象的感覚の空間性にまで拡大されたといえるのです。―独立当初からガラスブロックにはまってしまったのですか。
大杉:“THE EEL BED”はデザインコンセプトの解決にガラスブロックを使用したわけで“INDEX”の発表作は1985年からです。独立当初は、勤めている時から思考していた「理性と感情(感性)の融合建築」を追求したいと考えていました。その考えは今でも僕自身ずっと維持しています。
―大杉先生の建築設計に対する概念のようなことを含めて説明いただくとすると・・・。大杉:僕が生まれたのは終戦間近でした。そして日本は初めて民主主義といわれる国となり、その民主主義の手本であるアメリカを始め、ヨーロッパの国々の影響を思う存分、あるいは無分別に取り入れて良くも悪くも高度成長の道を歩み続けてきました。誰もが無意識のうちにアメリカやヨーロッパ化することが「良し」とされる価値観の時代に身を置いて、その「良し」を大きな目的として今日まで来たわけです。例えば建築、特に住宅を取り上げてみても、スタイルや合理性や能率性、また目新しいものなど、従来なかった様々な変化の要因を、模索や試行錯誤を繰り返しながら積極的に取り入れてきました。その結果、現在では「暮らしの概念」そのものの変化にともなって、かつての習慣や因習にとらわれることも少なくなり、住宅建材、住宅設備、インテリア用品などの進歩によって、気候や風土からの制約を昔ほど考慮しなくともよくなりました。個人のスタイルと好みによってどのようにも暮らしぶりを発想できる状況にあります。しかし、考えなければならないのは、その多様性にはその前提に「自己」という民主主義の基本概念がしっかり確立されていない限り、むしろとりとめがなく、曖昧なものになってしまうということです。そして今がまさしくそんな状況の時代といえそうです。
―家を建てるための自問自答の答を持つよう、建て主も考えるべきということですか。
大杉:そう願いたいですね。建築家は施主が望むハウスは設計できますが、ホームに関しては、住まい方の提案はできてもそれを強要すべきではないと考えます。設計がスタートして竣工までの長い間に必要以上の打合せを行うわけですから、住まい手も理想的なホームづくりのプロの筈です。
―建て主に具体的なアドバイスがあれば、お願いします。

大杉:曖昧な中から自分にとって一体何が大事かを見つけることは難しい作業です。豊富な情報、物質、様式、提案などの多様性は、逆に管理されやすく、また画一的な発想や表現に陥りやすいともいえます。住宅とは、言うまでもなく住み手個人のものです。ならば原則的には住み手個人の発想が誰にも邪魔されずに表現できる空間になりうるわけです。もちろんそこには「調和」という大事な要素がありますが―。
では、一体何に調和させるのかといえば、住み手の自己、つまり個性とそれから空気や空や木々の自然にであって、けっして流行とか無節操なアメリカ化とか、あるいはライバルの隣の家の大きさではないはずです。自分の生活意識、志向性、感性を知り、それに適った自分のスタイルを持つことが住まいを考える上で大切なことだと考えます。選べる能力を発揮できてこそ、自分にとって機能的で魅力的で個性的な私的空間を持つことができると思うのですが、如何なものでしょう。

―住宅の本質とはどのようなことだと考えられますか。
大杉:前に「理性と感情(感性)の融合建築」と述べましたが、住宅においては緊張感のある空間をぜひ取り入れるべきだと僕は考えます。それは一見、人の気配を拒んで猥雑な生活の匂いを受け付けないように見えますが、そこに一つの生活のあり方を主張させているのです。言い換えれば生活の猥雑さを拒んだ静けさの中で、惰性に流されず、自分を見つけられる緊張感を日常生活の中に取り込もうとする意識的な暮らしぶりが見つかると思います。非日常的な空間によって初めてリフレッシュされる感性を大切にしたいという意識を持つ人にとっては、快い空間になるわけです。室空間の美とは人間の活動が美しく見えることであって、室はその装置です。装置である室空間が材質や色彩面で猥雑になればなるほど、人の存在を消し去ってしまい、そこには感性の乏しい住まいが露骨に現れてきます。

―緊張感のある非日常的空間によって、張り合いのある暮らしがもたらされるだろうことは容易に想像がつきます。
自分を高める気持ちをいつまでも持ち続けたいもので すね。本日はどうもありがとうございました。

 

大杉 喜彦(おおすぎよしひこ)

1945年 京都生まれ
日本大学、早稲田大学卒業後、知的障害者施設プロジェクト参加のため渡米。
設計事務所3社勤務の後、1979年㈱大杉喜彦建築綜合研究所設立、現在に至る。
主な受賞
1981年・82年 建築士会住宅コンクール入賞
1982年 パリ・ビエンナーレ招待作家
1986年 ARCHI-FILE、コルネット賞
1995年 NEG空間デザインコンペティション入賞
1997年 通産省グッドデザイン施設部門入賞
1999年 すみだ優良景観賞・まちなみ建築賞

主な仕事
G&G、 THE EEL BED、 THE CAT’S BOX、 FRICK  COURT、 THE HUSK、 KYOTO AZUR、 BY THE WAY、 スパ昭島、 WEST HILLS、 BY-AND-BY、
”INDEX”シリーズ21件、 他