225-1 大宮

2018年12月12日 at 2:27 PM
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FUKUMI APARTMENT  ドローン撮影:アック東京

今月ご紹介する「FUKUMI APARTMENT」は、大宮駅東口のすぐ近くで完成した、店舗・賃貸住宅・オーナー邸の8階建てのビルです。正方形の開口部を表現するために、ドローン撮影を試みています。

大宮駅というと、「昔は、東北新幹線の始発駅だった」くらいしか、鉄道知識がなかったのですが、今回調べてみて驚きました。なんと今や14路線が乗り入れる巨大ターミナルになっています。

東京と東北地方・信越地方を結ぶ路線の分岐点に位置し、乗り入れ路線数が東京駅に次いで全国2位。 東北新幹線、上越新幹線、北陸新幹線(長野新幹線)、秋田新幹線、山形新幹線、京浜東北線、宇都宮線、高崎線、埼京線、川越線、東武野田線(東武アーバンパークライン)、さいたま新都市交通・伊奈線(ニューシャトル)で12路線。さらに湘南新宿ラインと、朝夕に乗り入れる武蔵野線を合わせると計14路線になります。
また、1日の乗客者数においても全国でも常に十指に入るほどです。(Wikipedia参照)

そもそも鉄道の駅としては、明治維新の日本の鉄道の第1期線(上野駅~熊谷駅)が開業したものの、浦和駅と上尾駅の間に大宮駅は設置されませんでした。宿場町の役割が低下して、大宮宿の戸数は243戸まで低下していたことが原因でした。
そこで危機感を抱いた白井助七(後に大宮町長)ら地元有志が、自分達の土地を提供して、駅の誘致活動を始めたとのことです。
そして上野駅から青森駅へ向かう現在の東北本線を建設する際に、高崎駅、前橋駅へ向かう路線のどこから分岐させるかが問題になり、アメリカ人技師のクロフォードが「宇都宮への最短経路となる大宮経由で建設すべし」といった意見を出して最終的には井上勝(長州藩士。イギリスに留学した長州五傑の一人。「日本鉄道の父」と言われる)の決断によって大宮はその起点として駅が設けられることになったそうです。

さて、大宮は、1894年には白井が提供した土地を基に駅の北に隣接して大宮工場(現:大宮総合車両センター・大宮車両所)が設置され、さらに日本の重要幹線の分岐駅という交通の要衝となって、「鉄道の町」として栄えるようになりました。
元々は、氷川神社、市役所、さらに繁華街の南銀がある東口が駅の表口でしたが、西口は新幹線の駅ができてから再開発が進み、そごう、アルシェ、DOM等の商業ビル、ソニックシティ、それらをつなぐペデストリアンデッキが整備され、すっかり都会の雰囲気となりました。

しかし、ここにきて、遅れていた東口の再開発も動き出したようです。さいたま市は、「⼤宮駅グランドセントラルステーション化構想」を策定し、「日本経済の中枢を担う企業が東京に一極集中しているという現状の中、例えば、国際競争の最前線としての『東京』に対し、東日本ブランチが集まるビジネス拠点を大宮が担うことにより、日本経済全体のリスク分担を図る。

また、首都直下地震の発災時には、さいたま新都心と連携して首都圏機能のバックアップ拠点として機能させるとともに、日本海側にも太平洋側にもつながっているという立地特性から、リダンダンシー(冗長性、余剰:予め交通ネットワークやライフライン施設を多重化したり、予備の手段が用意されること)の確保にもつながる」と東日本の顔となる街を目指しています(さいたま市HPより)

2021年度竣工予定 (市民会館おおみやが移転)の大門2丁目地区の複合ビルや、2019年度供用開始予定の大宮区役所新庁舎と図書館など、まずは公共施設再編による街並みの整備が進められています。