150-1仕事

2013年4月13日 at 10:35 PM

今月ご紹介する建物は、コピーライター小西利行さんのオフィスです。2010年10月に弊社で改修工事を行いました。施工直後は、Shin Clubでご紹介できませんでしたが、建築雑誌などに掲載されたので、記事をご覧になった読者の方もいらっしゃることでしょう。この6月、追加の改修工事を承り、今回紙面でご紹介させていただくことになりました。あわせて、小西さんご本人にもFront Lineにご登壇いただいています。
広々としたスペースに平板ブロックを敷詰めた、ラフなインテリアが、リラックスした雰囲気を作っています。働く人の自由な発想を生み、緊張感を解いて、スタッフ間のコミュニケーションをスムーズにします。小西さんによると、コピーライターという職業柄、「文章を書く」という自分の世界で「集中」しなくてはならないスペースと、クリエイティブディレクターとして、企業全体のコミュニケーションディレクションやWEBサイトなどを構築するとき、複数のスタッフが話し合いながら制作物を作っていく「交流」の場所が不可欠だということです。大きなテーブルを中央において、クライアントとそれぞれの専門分野のエキスパートが集まり、プレゼンテーションを行なう居心地のいい空間が必要なのです。

さて「仕事」とは、何でしょうか。多くの若者が就職できず困っていると聞きますが、単純に言えば「仕事」はそれ相応の働きをして「お足を頂く、収入を得ること」です。さらに「何を一生の仕事にするか」と問われれば、青臭いようですが「社会の役に立つ仕事」と考える人も少なくないでしょう。全ての仕事は、回りまわって、社会の役に立っているともいえますが、それでも自分の仕事を社会と結びつけて、大きな視点で日々の労働に取り組んでいるかどうかと問われれば、むずかしいところです。
東日本大震災の後、私たちはそれ以前とは明らかに違う価値観を持つことになりました。すなわち、「豊かさ、便利さだけが本当の幸せではない」という大命題です。それは「広告の世界にも大きく影響している」と小西さんは言います。未曾有の災害の後、人々は「復興」ということを真剣に考える必要に迫られています。そのとき何を共通目的にするかが、大前提になります。一人では到底出来ないことに全体で取り組んでいかなくてはならないからです。そしてそんな大きな機会が、過去に一度ありました。それが、第二次世界大戦による国土の荒廃でした。

この8月末、弊社の前身であった「辰建設」の創業者、松村慶文氏がなくなりました(享年84歳)。終戦当時16歳だった慶文氏は、焼け跡で「この国を復興させるのはこの俺だ」という思いを強く持ち、その後建設業にまい進し、倒産という事態を経てもなお、自分の仕事について常に考えている人でした。「余生を送る」という気持ちはさらさらなく、町を歩き、建物に入っては、思いついたことを人に語り、何とか自分の力で周りの人の暮らしをよくしたいという気持ちを持ち続けていました。東京の街を車で走れば、そのたびに、「あの建物のオーナーはこんな人だ」「この建物は○○さんの設計だ」と話は尽きません。戦後の建設現場の歩みを語らせれば、何時間でも話をしているという具合でした。
自分の仕事を見つけることができた、幸せな人生でした。