72-1 再現性

2006年3月5日 at 12:29 AM
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 「blocco(王子集合住宅)」の内覧会に行ってきました。先月号でもお知らせしたとおり、雑誌『CASA BRUTUS』で”2006年の大発明”と言われた「十字プラン」が大きな特徴です。
A棟とB棟の2棟が、Vの字に並んで通路で繋がって建っています。
1フロア3棟ずつに分けられた各棟は、エクステンションボリュームと呼ばれる中央を貫く基本の空間に、直角に交差する空間が十文字の形を形成し、普通では見られないプランの部屋を作っています。
各部屋を回り始めて気が付きました。シンプルな構成だと思っていたら、一つとして同じレイアウトの部屋がないのです。基本はワンルーム・スタジオタイプですが、ある部屋は浴室にゆとりがあり、ある部屋は土間部分が広めにとってある。ある部屋は広々としたリビングがあり、ある部屋は天井が高いなどなど、とにかく、どの部屋も与えられた条件をマイナスにすることなく、異なった個性を発揮しているのです。
特に、両隣にはさまれた部屋が、十字プランで設けられた窓のおかげでとても明るく、気持ちがいいのに驚きました。普通の集合住宅では、ありえません。 また各部屋の窓から見える景色は、真四角だったり、横に小さく広がったり、そこから見える景色を計算に入れ、また室内への光の入り方が一番効果的なように、配分されています。
十字プランの部屋の外部に相当する空間は吹抜になっていて、その床部分は、普通なら共用スペースかデッドスペースになるところ、隣接する部屋の中間領域として専用スペースに加えられているので、日照で不利な下の階でもなんだかお得感があります。
 いろいろな要素を指折り数えながら、さて、この建物を説明するのに、ひとくくりにする言葉がないのに気が付きました。そして、新しい部屋に入っていくたびに、前に見た部屋が思い出せなくなっているのです。私自身の年のせいでしょうか。いえ、私だけではないようです。他にも、既に見たはずの部屋に戻って、もう一度レイアウトを確かめる人の姿を何度か見かけました。プランの多様性に、普通の人は頭がいっぱいになってしまうのです。
建物や空間を記憶にとどめるには、ある程度の滞在時間が必要です。
そして豊かな空間は、刺激となり、そこにいるものに新たなイメージを想起させます。「こんなところはこういう風に使ったらどうかな」と自分の中に空間を引き寄せて、新たな想像の世界への入口とするのです。ひとたび想像の世界へ踏み込んだら、ほかのものは居場所を潜めることになってしまいます。ひとしきり、思いを馳せ、扉を閉めて次の空間へと進むと、また新たな刺激を受けます。それは楽しい時間です。楽しい時間が次から次へと訪れ、この集合住宅の中で私たちは、たくさんのイメージをもらうことになりました。
 人があらたに空間を記憶に刻むのは、何か引き付ける魅力があるからでしょう。または、そこでの時間の積み重ねが、その人の記憶となります。
それらの記憶を再現できることは、豊かな体験にほかなりません。豊かな時間の再現なのですから。その記憶がほかの人と共有できるものであれば、なおさらです。「街の記憶」「古い街並の記憶を生かしたまちづくり」などという言葉を、最近よく耳にしたり、目にしたりします。ほんとに、豊かな体験となる再現性がそこにはあるのでしょうか。個人的な情報である記憶ですが、共有できていると信じているものは、一体何なのか。頼りなくなる一方の自分の記憶力を実感しながら、考えてしまいました。