172-1 写真

2014年7月16日 at 10:46 AM

SAKAMURA HOUSE

写真は、綾瀬に建ち上がった、店舗・共同住宅です。白い外観が、以前の雑然とした駅前の景色に、洗練された雰囲気を加えました。今月は、このほかに恵比寿の写真館の建替え工事をご紹介します。

写真と言えば、最近の携帯電話に付属しているカメラは、画素数も上がり、動画もとてもきれいに見ることができるようになりました。インターネットに接続してSNSにアップすれば、家族や友人と画像を共有し、楽しむこともできます。一方で、「顔認識システム」がネット上のあらゆる顔画像を取り込み、国防上のデータとして利用しているとも報じられています。うかつに自分の顔をアップするな、とも言われますが、私など「とき、既に遅し」との感もしなくはありません。街に設置された監視カメラで、群衆の中から特定の個人を探し出すことも可能だと言われています。そうでなくとも、事件や事故が起きると、必ず、どこかの監視カメラに被疑者が映し出されている映像がTVで流されるようになりました。プライバシーのない監視社会と言う人もいますが、犯罪の抑止力につながることもあるのでしょう。でも、写真がこれまで私たちが誰かに伝える「記録」とは違い、単なる「情報」の集約としてのかけら、それらが本人たちの手を離れ、デジタルの世界で拡散していくことには、いくばくかの不安を感じます。

写真に限らず、「ビッグデータ」と呼ばれる、膨大な個人情報の扱いが注目されています。商品や住宅の購入動向を探るマーケティングや、災害に備えた地域の細かい点情報などに大いに役に立つことは想像にかたくありません。新聞で、津波研究者が、地域の昔の記録を掘り起こす連載を読んでいますが、写真も絵もなく、いわゆる古文書、伝承などから、襲われた津波の規模、災害の大きさを推測していく話は毎週読み応えがあります。しかし、私たちは、すでに写真、そして動画という素晴らしい技術を手にしてしまいました。未来に向けて、その記録を有意義に役立てる義務があるのでしょう。
その際、ネット上のデータを使って、何を誰がどのように判断するのか、またそもそも情報が嘘かもしれないし、改変される可能性があるので、何をどのように信じるのか、その結果、どういう行動につながるのか、メリット・デメリットをよく考えてみたいものです。

写真そのものは依然として個人の生活の記録として大切に残され、かつて絵画とその芸術性を競ったように、創作物として人の心に残る側面を持ち続けています。誕生、入学、就職、結婚などなど、人生の記念日に、写真館に行って、特別なシーンの1枚を撮っておきたい、という気持ちになる方は少なくないでしょう。それはスマホやパソコンを介して、瞬間的に見るものではなく、見たい場所に飾っておきたい、そんな特別なものです。写真館は、そんなハレの日に大切な1枚を撮る、特別な場所。街に1件はあってほしいものです。

恵比寿の写真館の若き3代目オーナーは、そんな伝統的な写真館の仕事を大事にしていきたいと語られていました。姿勢を正して、自分と家族の姿を撮影してもらう―思わぬ発見があると思います。自分自身を見つめなおす、いい機会かもしれません。