60-3 建築家紹介11  桑原聡/桑原聡一級建築士事務所

「生活のデザイン」

桑原聡氏

―辰は、桑原さんの「新宿M邸改修工事」「神宮前5179」ほか、改修工事も多数施工していますが、お客様とはどういう出会いが一番多いのですか。
桑原:以前建てた方からのご紹介が多いですね。比較的言われたとおりにがちがちにやるタイプですよ。前いたところも不動産会社でしたから。
―そうですね。
桑原:当時は学校を出て、すぐに大きなものを20とか30とかやらせてもらって、それはそれでよかったのですが、一人で設計をするわけではなかったら、自分自身でデザインしていきたい気持ちがずっと高まっていきました。
―独立されてからは?
桑原:いっとき集合住宅の調査などを手伝っていました。もともと大学でも研究室が集合住宅についてやるところでしたから、集合住宅での住み方の調査を行って実態を把握していく、という感じでしたね。
―そういう中で、感じられたことがあったのでしょうか。
桑原:そうですね、僕はその中でどうしても「大きなもの」に対する嫌悪感が出てきて、大きな団地なんかの調査をしていくうちにほんとに巨大な集合住宅の問題点を感じたんです。殺伐とした環境を変えていきたいという気持ちがおきて、それから「小さなものでクォリティが高いものを建てたい」と思うようになりました。その辺が辰さんとマッチングするのかな、と思っています。
―辰とは、社長の森村の飛び込み営業でおつきあいが始まったとか。
桑原:そうそう(笑)、たまたま渋谷3丁目のお知らせ看板でね。「もう決まっていますけど、今度機会があったら」ということで、新宿のM邸改修工事をやってもらった。
―マンションの2フロアの改修工事。うちの社会的任務みたいなものですね、適度に小さい物件。
桑原:コストの面でもみんな苦労しますよね。そこの折り合いをつけるのがジレンマですね。作りたい住宅はあるのだけど、お金がかかりすぎて・・ということもある。
―そういう意味では、個人の昔の普請道楽のような方は減りましたよね。例えばIT新進企業の役員の方は、お金持ちで高層マンションの一室に住んでいても、一戸建てを建てて・・という感覚はなくなっているようです。
桑原:住宅に対して、期待度というのはさほどなかったりするかもしれません。実は住宅に何を求めるかというと、「いい住宅とは何か」という議論ももちろんわかるんですが、昔とはもう全然違う状況になっている。住宅の滞在時間は都市部では低いじゃないですか。どうしても、都心では賃貸で身軽に移れる方が楽。例えば僕はわりと家にいる方だけど、それだって決して長くはないですよ。うちの奥さんも娘も全然家にいないです。サラリーマン並みに、朝出かけて夕方5時に帰ってくる。専業主婦ですが、子供の習い事とかお付き合いで忙しい。そういう人は多いのではないですか。
―私もそうでした。子供とずっと家にいるなんてストレスがたまります。
桑原:住宅でも「なんとなくねぐらがあればいい」という時期がある。ほんとに自分の満足いく住宅を求める世代というのはもっとお年寄りですね。家での滞在期間が長い人たちになります。僕ら以上の年代、50歳以上ですね。

今の若い世代は経済的にも大変だし、年取ってからもっと田舎で家を持った方がいいと思うんです。僕自身よいと思っているのは、長野。はるかに安い値段で十分。都心はねぐらと考えればいい、長野でなくても千葉でもいいのですが、郊外の空気のいいところで過ごすというのが夢ですね。実践したいし、そういうことを人にも提案したいと考えている。
―そうですね、桑原先生はご自分のHPでも、自分の生活を建築家として反映させたい、とおっしゃっています。
桑原:一つには、設計というのはハードな部分ですが、ソフトな部分、もっと生活とかライフスタイルの嗜好性のデザインという部分があるわけで、生活をデザインしていかざるを得ない。生活のデザインという意味で自分に「貯蓄」は必要です。お金じゃないですよ。「経験」ですね。
―桑原さん自身毎年海外に行って刺激を受けて帰ってくるようにしていらっしゃいますね。
桑原:今はまだ子供が小さいので開かれた場所にしか行っていませんが、そのうちアルプス縦走するのが夢ですね。僕は、大学時代山登りをしていたので「移動する」ことはほんとに抵抗ないんですよ。若い頃は年間3分の1は山にいて、日本の高い山にはほとんど登りましたね。冬なんかおもしろいですよ。建築の学生って課題があるから忙しいでしょう。でも提出期限があってもその前の土日に山に行く計画があれば、僕は絶対にいくんです。そのために、前もってスケジュールを立てる。行くためにはどうすればいいかを必死に考える。僕の1週間というのは、山登りのための2泊3日を引いた4日間が実働時間でした。ですから、課題提出まで3週間あったら、12日間というのが与えられた日程。その締め切りに対しては、絶対に遅れないと決めていた。人によっては、いつまでもやっている人がいますが・・・。僕は絶対に終わらせる。
―は-、立派ですねぇ。
桑原:山に行く往復の電車の中も考える時間に当てていました。
―私など忙しがって「趣味の時間も持てない」という言い訳をしてしまいがちですが、結局自分の時間をどうコントロールするかですね。
桑原:時間を自己管理することが生活をデザインすることなんです。
―宣言されるから、周りも納得するしかない。
桑原:まぁ、ぎりぎりになって宣言することもありますがね(笑)。こういう具合に「自分の時間を管理する」ということを山を通してやってきました。それから「山」と言っても、僕は120%楽しまないと帰ってこないんですよ。例えば冬は、クライミングでしょう。それなりに装備を持っていくんですよ。でも吹雪で天候が悪くて、現実には冬の間はほとんど登れない。それじゃつまらないからあらかじめスキーを持っていく。で結局冬山に行って4回のうち3回はスキーやって帰ってくる。絶対に損しないようにいろんな計画を立てるんです。
だから建築でもそうなんです。「絶対にこうじゃなくちゃならない」とはあまり思わなくて、「こうだったらこう」「そうじゃなくてこうだったらこう」と結構変更に対処しちゃう。よく器用だと言われるのですが、自分で楽しむために柔軟に受け止める、ということがなんとなく身についていますね。
―何か「営業力」というか、先生はわりと難しいお客さんともトラブルがない、そういう柔軟性がコミュニケーション能力とも言うべき部分と感じます。
桑原:意識していないところでそういう部分はあるかもしれない。人間関係の読みという部分はあるじゃないですか。不器用な人っていきなり直接的にぶつかってしまうでしょ。人によってやり方が違うんですが、お客さんだって、自分と全然違う人間ですからね。

この冬は志賀高原に10日くらいいたのですが、あそこはIT環境がスキー場全体に整備されていて、たとえ自分の宿泊したホテルでなくても、すべて無料でインターネットができる。だからパソコンさえ持ち歩いていれば、僕なんか指一本で設計ができるから、仕事できちゃう。必要なこともメールで連絡を取りあえるし、もちろん現場は生ものだから確認しなくちゃいけない場合もあるけど、四六時中というわけではない。この商売を選んでよかったな、と思いましたよ。そのうち「住所不定建築家」とか言われるようになったりしてね(笑)。3000mの高山でも電話かかってきて、仕事はできちゃう、そんなことも起こりえる時代です。だからいい時代をもっと生活に前向きに使いたい、それが「デザイン」ということだと思うんですよ。「良くなっていく」ということで満足するというより、自分の中でどういう潤いがあるか、よく自分で選んで時間を有効に使っていきたいと思いますね。
―どうもありがとうございました。

 

桑原聡(くわはらさとし)

1960年 東京都生まれ
1984年 東京理科大学理工学部建築学科卒業
1986年 東京芸術大学美術学部大学院建築科修了
1986年 株式会社リクルートコスモス設計監理部勤務
1992年 株式会社コスモスモア設計部勤務
1994年 桑原聡建築研究所設立
2000年 事務所をアトリエとオフィスに分割、移転
2002年 アトリエを港区台場に移転

2005年2月5日 at 5:13 AM