236-1 デジタルとリアルの協働

「竹本容器株式会社TOGETHER LAB北側外観」 撮影:アック東京

「竹本容器株式会社TOGETHER LAB北側外観」 撮影:アック東京

今月ご紹介するのは、9月に東上野に竣工した、スタンダードボトルメーカーの開発拠点となるビルです。

「竹本容器株式会社」様は1950年創業、1960年に東京・浅草の合羽橋道具街にガラス容器の販売店舗を開設されました。1980年代には販売だけでなく製造にも着手し、日本各地に製造拠点を広げてこられました。

1996年には初の海外拠点となる中国・上海にオフィスを開設し、米国、タイ、オランダ、インドに進出。たゆまぬ技術革新とそれを支える優秀な人材によって、日本を代表するスタンダードボトルメーカーとしての地位を確立しました。

「スタンダードボトル」とは、同社が容器の企画・設計を行い、製造に必要な金型を自社で製作・所有するものです。化粧品やトイレタリー製品メーカー等の顧客企業が、製品差別化のために独自の容器デザインの製造を成形メーカ ーに依頼する場合、多くのケースでは容器を製造するための金型製作費用は顧客が負担し、成形メーカーが製品設計と生産を請負い、顧客独自の容器を生産後納品することになります。

しかし、金型の製作には一般的に 3 カ月程度の期間と数百万円の費用が必要であり、多くの顧客企業にとっては容器の調達に時間とコストがかかる点が課題となっています。

これに対し、同社はお客様に替わって自社で金型を製作し、お客様が希望する包装容器を生産、納品するため、お客様は自ら金型を製作する場合と比べると短期間でコストを抑えて、希望する包装容器を、必要な時に、必要な量だけ調達することができるのです。
同社が有する金型の種類は 2019 年 6 月末現在で 3,551 点と業界1・世界最多の豊富さを誇っています。

さらに、長年にわたり様々な本体やキャップに加え、新たな機能を加えた既製品の「スタンダードボトル」に加えて、製品の付加価値を上げるデザインや安全に内容物を包む品質を施した「カスタムボトル」の製造にも着手。3次元CADシステム、コンピュータグラフィクス、自動倉庫による在庫管理など、新しい技術や生産手法を採用することで、お客様が求める品質や機能、差別化の要素に確実に応えられてきました。

2014年には東京証券取引所市場第二部に上場を果たし、2017年に同市場第一部銘柄に指定されました。
そして営業・開発・生産の一貫体制による対応能力を一層強化するために、今回このラボ(実験室)を備えた拠点となる「TOGETHER LAB」が建てられることになりました。お客様との協働を意味する「TOGETHER」として、ハイクオリティ3D CAD を用いて、アイデアスケッチから製品展示イメージまで、様々なシュミレーション画像を同LABにおいてお客様に提示することができるようにしていくとのことです。製品開発時間の大幅な短縮が期待されます。

環境問題がクローズアップされている現在、EU が使い捨てストローの使用を禁止するなどの動きがあり、使用禁止対象外となる包装容器等のプラスチック製品についても、リデュース・リユース・リサイクル・リニューアブルが求められています。
同社では従来の包装容器の開発基準・価値観が大きく変化する可能性があると考えて、「詰め替え容器」、「薄肉容器」などリデュース・リユースに貢献する製品の開発・提供を行っているほか、「単一素材を利用した容器」や「バイオプラスチックを利用した容器」など、リサイクルやリニューアブルに貢献する製品の開発、提供にも取り組んでいらっしゃいます。

235-1 創立20周年を迎えました

「元麻布の家 K邸」  撮影:アック東京

「元麻布の家 K邸」  撮影:アック東京

バブルがはじけ、多くの企業、銀行が倒産した1999年10月、株式会社辰はスタートしました。

主力取引銀行の破綻をうけて、8月に前身会社が倒産。その後処理に追われながら、株式会社ユニホー会長の麦島善光氏(当時)の支援を得て、渋谷宮下公園近くのビルで新しい会社をスタートさせ、仕掛り中の17現場の工事を完成させました。
それは、「お客様のために、工事だけは完成させなくてはならない」という「建築屋」としての意地であり、協力業者の皆様のご理解と協力、社員の犠牲の上に成り立ったものでした。

その後1年目、2年目とお叱りを受けながらも、お客様、設計に携わる建築家・プロデューサーの方たちがめざすデザイン性・機能性に優れた建築をともにつくることの出来る、施工技術に特化した集団となるべく、一つ一つの仕事に愚直に取り組んでまいりました。

環境に配慮した建物、耐震性を備え可変性に耐えられる建物、地域を活性化させ、新たなまちづくりに寄与する建物、人の心を惹きつけ楽しくさせる斬新な建物。そんな魅力的な建物をつくることで、人々の暮らしに安心と潤いを与えるお手伝いができることが私たちの喜びです。

これからも弊社は、皆様とともに良い建物をつくり続けるため、情熱をもって挑戦していきます。

2019年10月1日

株式会社辰 代表取締役  岩本健寿

234-1 建築の不可能を可能に

「ReBreath Hongo 2018」  撮影:Kenta Hasegawa

「ReBreath Hongo 2018」  撮影:Kenta Hasegawa

 

今月は、文京区で再生された4階建ての共同住宅をご紹介します。
「ReBreath Hongo 2018」は、築50年の旧耐震で既存不適格の共同住宅でした。耐震補強をしても開口が小さくなり、居住性が損なわれたり、法律の改正などで建て替えようとしても元のボリュームを維持できない建物なので改修をあきらめたという話はよく聞かれます。が、「建築の不可能を可能に」を合言葉に多くの建物の再生を手掛けている再生建築研究所は、今回、既存のボリュームを維持しながら、耐震補強も行い、既存建物が持つ南側の空地を活かすなど、専有面積を増やして不動産の価値をさらに向上させました。

過去に建てられた建物が、増改築、耐震補強などの課題を迎えた時に立ちはだかるのが、「検査済証」がないことです。工事が適法に終えられた、とういう証明書ですが、昔はその取得率はかなり低く、また建物所有者がきちんと保管していない、所有者がいろんな理由で変遷しその保管がわからなくなっている、などという例は少なくありません。

しかし、検査済証がないことで法的に認められずに改修工事の許可が下なかったり、銀行からの融資を受けることが出来なかったりして、放置されたまま古びていく既存建物の何と多い事でしょうか。建物自体は工夫すれば何とか住める、この場所にずっと住み続けたいという人たちがいる。そんな思いを救い、既存ストックの活用に積極的に取り組んできた「再生建築研究所」の神本豊秋氏。昨年移転した、神宮前の事務所「ミナガワビレッジ」は、1敷地に4建物が建つ築60年の違反建築物でしたが、図面を起こし直し、耐震設計を見直し、60年ぶりに「検査済証」を取り直しました。豊かな緑の庭を残し、環境設計も見直して快適な建物を再生、入居、運営も行っています。

「ReBreath Hongo 2018」では、耐震改修などのほか、建物の省エネ化を進めるため、全体で1次エネルギーの消費を約45%削減するという環境設計が行われました。

現在、世界では異常気象が各地で頻発しており、2020年以降の温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」の結果を受け、国内では2030年度までに温室効果ガスの削減目標を-26%とすることが設定されています。
住宅の省エネ性能を評価する際の基準には、2つあります。
①外皮性能を評価する基準(屋根や天井、外壁、床、窓など建物の外側の部分)
②1次エネルギー消費量(エアコンや照明、換気、給湯など、生活をするのに必要なエネルギーのこと)
基準値は地域ごとに定められて、その基準値以下を目指すことが必要となります。今回の改修工事は、改修でありながら国の定める省エネ基準以上の環境性能を有しています。日本は欧米に比べて、建物の評価に環境性能も加える意識がまだまだ低いと言われています。リノベーションが多く行われる中で、もっとその意識を全体で高めていけるようになることも必要だと思われます。

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233-1 変化は住宅から

今月は、神宮前に立ったコンクリート打ち放しの2件のビルのご紹介です。

「NC BUILDING」は表参道の東側の小道で、長年飲食店を営まれていたご一家のビルへの建替え工事です。お住まいを上層階に、テナントを下層階に設け、ご自身の経営されるお店も2階に入りました。

「シンシア表参道」は以前近隣で弊社が施工させていただいたビルの建て主様が、今回も新たなビルの工事をご依頼くださった物件です。こちらは、青山通りから西側に少し入ったところ、デザインをこだわった小さな店舗ビルが住宅街への道に並んでいます。

「シンシア表参道」の設計者、松崎峻氏(スーパービジョン)は渋谷桜丘町で30年以上、設計事務所を主宰されていました。神宮前では今回の現場近くのガレリアアーツビルやCROCSビルを手掛けられました。しかし、2年ほど前、息子さんのお嫁さんの実家が女所帯になって物騒だというので、息子さんの誘いもあって、さいたま市見沼区に多世帯住宅を建てることになり、今は息子さん世帯、お嫁さんのお母様世帯、そして松崎さんの思いが詰まったアトリエ兼住居にお住まいです。野菜が植えられている家庭菜園があり、高台のため他所から視線もはいらず、2階建てのアトリエは北と南の2つの庭に挟まれてとても過ごしやすそうです。70歳も超えられ、今回を機に桜丘町の事務所から完全に大宮の自宅事務所に拠点を移されました。

「大学卒業後戸田建設に入社、31歳のときに日大の同期で黒川紀章建築都市設計事務所に勤めていた北村昌三と独立しました。住まいも同じ中央線沿線で、渋谷でずっと一緒に仕事をしてきました」と松崎さん。
住宅は基本だということですが、最近の若い人の仕事で気になることがあるとおっしゃいます。コンピュータの弊害か、手描きができない人が多いと感じるそう。それに設計の最初の段階でCADで詳細まで描き過ぎ、「もっと大まかに全体を捉えてから詳細図に下りていけと、我々は習ったものです」とおっしゃいます。坪や尺の単位も実感としてわかっていない人もよく見かけるので、何とかしたいと感じられています。「家を建てるということは、ロマンでしょう。作家の林芙美子は、『放浪記』などで知られていますが、女学校を出ているけど、建築の学校で学んだわけではない。でも落合に自分の家を建てようと勉強して、本を250冊読んだそうです。山口文象に設計を依頼しましたが、本人もその辺の設計者には負けないくらいに詳しくなり、素晴らしい邸宅を建てました。その後10年しか住めなかったけれども、幸せだったと言っています。だから僕なりに建築史などをまとめて、若い人に伝えたいことがたくさんあるんですよね」

「それからこの地域には『見沼田んぼ』という大きな緑地があってとても魅力的なところなんですよ」と松崎さん。『見沼田んぼ』とは、徳川時代からの治水事業で開拓されたもので、農地を守るために「三原則」が定められ、開発が抑えられてきましたが、農業後継者不足が進み、現実にそぐわなくなってきました。今は「農」の多面的・公益的な機能が再評価されているため、さいたま市では、独自の『百万人の「農」-さいたま市農業振興ビジョン-』を打ち出しています。

「僕は、老人の街なんかがいいかな、と考えています。一人暮らしの老人が集まって暮らす。元気な人はそこで農業支援などの仕事もできます。そんなことをいろいろ考えさせてくれるのもここに引っ越してきてから。考えたら、住まいを変えるってとてもいいことだと思うんですよ。
アメリカ人なんかは移動に抵抗ない人が多いでしょう。仕事を変える、お金との付き合い方・人との付き合い方を変える。そんなことも、まず住宅から変えるっていうのもいいかと感じます。夏目漱石は80回、家を変えたそうですからね」と新たな意欲を刺激されているようです。