259-1 住む人の記憶に残る生活空間

写真は、品川区に今年竣工した共同住宅です。地下1 階、地上3階のコンクリート打ち放しの建物は、篠原聡子氏主宰の空間研究所の設計です。建て主のK 様を取材しました。

K 様が子どもの頃から馴染みのある高輪台で共同住宅を建てることになりました。スペイン語で「陽だまり」という意味のSolanaと名付けられた建物を計画するにあたり、比較的間取りに余裕を持たせること・明るいこと・収納が多く使い勝手がよいこと、の3 つの要望を出されました。

三面道路に面したL 字型の高低差のある計画地には、以前は2 棟の木造2 階建ての賃貸住宅が建っていました。すべての住戸に光を取り入れられるようにアプローチ通路は三方向の計画とし、出窓のある白い壁に囲まれたその明るい吹き抜け通路はまるで路地のようです。室内は打ち放しと木の温かさ、白色のアクセントが住む方の暮らしを引き立てる内装になっています。

設計事務所に出会うまではK様ご自身で色々と調べられたそうです。そんな中「シェアハウス図鑑」(2017 年彰国社)という篠原氏が執筆された本を読み、面白そうだと連絡をされました。「デザインのエッジを立て過ぎると住みやすさと両立が難しいですが、そのデザイン性が居心地の良い空間を作っていらっしゃる篠原さん、金子さんのお二人を信頼してお任せしました」とK 様。

外構には二重のメッシュフェンスが設置され、外からは見えにくく建物の中からは外がよく見えます。採光や通風もよく、住宅地で周辺を行き交う人の気配が感じられる心地よい空間になりました。当初、入居者は20 代から30 代の女性やご夫婦などを想定しており、人生のステージが変わり別のところで暮らすことになったとき、「あぁ、あそこに住んでよかった」と記憶に残るような建物になるといいな、とK 様はおっしゃいます。

また、よく通るところに2017 年竣工のarchitecture WORKSHOPの北山恒氏設計のPeak Cottage があり、3 年ほど定点観測されたところ、いつまで経ってもきれいなコンクリート打ち放しに感動し弊社にお声掛けいただいたそうです。今回完成した建物もきれいに仕上がり大変満足とのお言葉をいただくことができました。また、入居された方からは土間キッチンや造作家具など反響いただいているとのことです。

この周辺には計画道路の予定があり、今回の建物はその変化に対応できるよう配慮し設計されました。建物に居心地の良い生活を求めて人々が集まり、その心地よさが地域に広がり品川エリアの変化に合わせてどのように感じられるのか今から楽しみです。

259-3 「『今』も『未来』も暮らしやすい設計」 金子太亮/空間研究所

今月は「Solana Takanawadai」の設計者、金子太亮氏にお話を伺いました。
日本大学大学院理工学研究科海洋建築工学を修了後、篠原聡子氏の主宰する空間研究所に入所され、数々の建物の設計を行っています。

―「海洋建築」とはあまり聞き慣れないのですが、大学時代はどのようなことを学ばれたのでしょうか。
金子︓ウォーターフロントという響きがとても新鮮で、高校生の僕はなぜか、これからは『臨海部がアツい』と思って海洋建築工学科に入学しました。入ったときは大規模な埋め立てはほとんどなくて、お台場やみなとみらいの景観や手すりなどの研究をやっていました。学科では、建築計画から設計演習、海洋学、環境学など学びました。一年生の海洋実習では、帆船のヤードに登ってセルを畳む体験をしたり、海洋生物を観察したりしました。また、いろいろな研究室があって、メガフロートからアオサ、漁村や海水浴場の迷子の研究まで本当に幅の広い学科でした。僕は、唯一デザインが学べる坪山幸王研究室に入って、臨海部の超高層集合住宅について研究していました。海洋建築では、環境と建築の関わり方を広く学んだと思います。

―そうなんですね。学ばれた校舎も海辺が近いところだったのでしょうか。
金子︓僕は6年間船橋で過ごしました。なにかあると大体幕張まで夜ドライブして、浜辺で語らっていました。男子2人で( 笑)海って偉大だなぁって思いましたね。

ー大学院修了後は篠原先生の事務所に入所されたんですね。
金子︓修了してからおよそ14 年が経ちます。最初は偶然にも大学近くでバレエスタジオの設計をさせていただきました。

ー住宅街にあるバレエスタジオですね。外壁の打ち放しコンクリートがとても綺麗でした。鎌倉で設計を手掛けられた外観が印象的な建物もありますね。
金子︓「SASU・KE」です。RC 造に屋根が木造の建物です。RCの塊が前面にでないように、ファサードに木製ルーバーを使用しました。外観と内部からの眺めに配慮して3つの角度でランダムに設置しました。また、高低差のある敷地なので、敷地と街が分断されないように大階段で中庭をつなぎ連続性を持たせ、店舗利用もできる住戸を計画しました。

ー名前が特徴的ですね。
金子︓建物のある場所が鎌倉の「佐助」というところなんです。
それと、「家」を意味する「ケ」を付けて「SASU・KE」としました。名前で言うと「サンカク」という建物も面白いですよ。山梨県の山中にある建物なんですが、冬場は雪が結構積もるので屋根の角度を60度にして自重で雪が落ちるようにしたんです。そうしたら、三角形の断面空間になって「サンカク」にしました。

ーシェアハウスやシェアオフィスの設計・運営もされていますね。意識していることなどはあるのでしょうか。
金子︓2012 年にSHARE yaraicho が竣工した頃はシェアハウスという形式はなくて、下宿とか寄宿舎はありましたが、デザインされたものはなかったと思います。その後、シェアハウスが乱立されていくのですが、そこには運営に対する備えがなくていろいろな問題が起きましたよね。SHARE yaraicho では、運営の核となる人物( 共同設計者で入居者)が設計から関わり、空間のコンセプトから使われ方までイメージを共有していたことはよかったと思います。設計者は竣工したら終わりではなくて、建物の使われ方も施主と共有することが必要なのかなと感じています。

ー現在進行中のプロジェクトのお話を伺えますか。
金子︓登戸の再開発エリアで集合住宅の共用部分とファサードのデザイン監修や高円寺でも集合住宅のデザイン監修をおこなっています。こちらは、まちのコミュニティの核となるような新しい建物を目指しています。

ー楽しみですね。本日はありがとうございました。

 

金子 太亮 (かねこ だいすけ)
1982 年  埼玉県生まれ
2005 年 日本大学理工学部海洋建築学科卒業
2007 年 同大学大学院理工学研究科前期博士課程海洋建築工学専攻修了
修士設計で「加藤賞」受賞
空間研究所入所 現在 チーフアーキテクト
2017 年 『サンカク』で「山梨県建築文化賞」受賞
2018 年 『サンカク』で「第21 回木材活用コンクール」受賞
『集合住宅H2138』で「Good Design Award2018」受賞
2019 年 日本大学工学部海洋建築学科 非常勤講師

258-1 外界を緩やかに感じられる音楽ホール

写真は、昨年11 月に竣工した「空のある音楽ホール」です。

建て主様ご夫妻は音楽を趣味とされており、特に奥様はヴァイオリンでプロの演奏家と共演されるほど。ご主人もピアノを演奏されます。そんなご夫妻が生活の一部として使用するための音楽ホールを、やはり音楽が趣味という山本卓郎氏が設計されました。

場所は世田谷区の活気ある住宅街。建物の前面道路はバス通りで交通量も多く、周囲はマンションに囲まれています。一見すると演奏会を行える音楽ホールがあるとは想像がつかないような敷地で、今回の計画がスタートしました。
「クラシックの演奏に適した静謐な環境とは言い難いロケーションです。だからと言って周囲の環境を遮断し閉塞感のある建物を設計して『どうぞ楽しんで下さい』というのも違和感がある。『音響的には一旦クローズして音をシャットアウトするが、それでいて外の広がりある世界と繋がっていることが感じられるようなホールを作りたい』という想いがありました」と山本氏。

ホールに入ってみるとまず目を引くのは足元に位置している青空。
天を仰いで見るのが当たり前の風景なだけに一瞬何が起こっているのかわからなくなります。しかしその青空が空間に眩しいほど光を反射させ室内に差し込むことで、外部から想像される空間とは全く異なった世界がホール内に作り上げられています。

「周囲が建物に囲まれていることを感じさせないため、室内から空だけが見える場所を選んで窓を設置しました。その結果高い位置に窓が集まっていますが、上の方向に空があるのはある意味当たり前。そこでピアノの背後の低い位置にも窓をつくり、そちらでも空が見えるようにしています。窓の内側に鏡を設置し、それが上空の空を映し出しているのですが、いきなり『鏡に映っています』と説明してしまうのもつまらない。皆さんにはまず、予備知識なしでただその景色を感じてほしい」

こけら落としには10 人ほどのお客様をお招きして演奏会を行ったそうですが、当日は適度な雲がずっと流れている空の様子を眺めることができ、それが皆さんに非常に好評だったとか。

「今はまだたくさんの方をお招きできる状況ではないのが残念ですが、いつかもっと多くの方々にホールの雰囲気を含めて音楽を楽しんでもらいたいですね」と手ごたえを感じられた山本氏でした。

258-3 「 音楽と建築」 山本卓郎/山本卓郎建築設計事務所

今月は「空のある音楽ホール」の設計者、山本卓郎氏にお話を伺いました。
航空機設計を志し京都大学工学部機械学科に入学されましたが、そこで建築に出会い、志望を転換して早稲田大学理工学部建築学科へ入学し、建築を学ばれたそうです。

―機械工学から建築がいいと思われたきっかけはなんだったのでしょうか。
山本︓京都大学時代にジャズをやってまして、その時の友人に建築学科の学生が多かったんです。「ジャズ」と「建築」は努力して真剣に楽しむものという意味で似ているらしく、相通ずる部分があるみたいですね。友人の一人に誘われて建築学科の研究室に行ったのですが、研究室の壁にはロバート・メイプルソープの美しい花の写真のポスターが貼ってあったんです。一方機械学科の研究室には、アイドルのポスター。どうやら建築学科の方が気が合いそうだ、と思ったのが興味を持ったきっかけです。

ー建築学科に再度入られるとしても受験するには時間が必要だったのではないですか。
山本︓そうですね、京都大学を卒業してすぐに建築学科というわけにもいかなかったので、一般企業に就職して一年半勤めたあと退職し、半年くらい勉強して早稲田大学と京都大学の編入試験を受けました。両方受かりましたが、建築学科の友人に建築をやるのなら東京へ行くほうがいい、と勧められて早稲田大学に進学することになりました。

ー早稲田大学ではどの先生に建築を学ばれたのでしょうか。
山本︓卒業論文は古谷誠章先生の研究室でした。4年生くらいの頃からアトリエ・ワンの作品に興味を持ち始め、塚本先生のいる東京工業大学の大学院に進学することも考えたのですが、早稲田の大学院には推薦で進学することができたので、その時点で塚本先生に師事することにはなりませんでした。その後、大学院を卒業したもののアテにしていた仕事の話がなくなり、急遽新たな行き先を探さなければならないぞ、となったのが4 月2 日のこと。
ダメで元々とアトリエ・ワンの塚本先生にメールでコンタクトしたところ「来ていいよ」と。大学院を検討する際にお会いしてお話したのを憶えていて下さったんですね。それでアトリエ・ワンへ行くことになったんです。

ーアトリエ・ワンの塚本由晴先生・貝島桃代先生は全国的にご活躍されていますね。
山本︓国内だけでなく、当時からお二人とも世界的に活躍されていて海外でも教鞭をとられていました。住宅設計の依頼も多数あり、毎日忙しくされていましたね。

ー独立後は、住宅設計を中心に、多方面で設計をこなされる山本先生ですが、今回の「空のある音楽ホール」はどういった経緯で設計されることになったのでしょうか。
山本︓建て主さんの構想自体は13 年くらい前からあるものなんです。最初は山裾の土地に別荘兼演奏するスペースを作ろう、という計画でした。ただ、なかなかお客様にきてもらえそうにないということもあり、紆余曲折を経て最終的には「やはり東京で」ということになりました。ご自宅も近いし、ここは生活の一部として使えるようにと奥様へ配慮されたご主人からのプレゼントなんだなと我々は解釈しています。ご主人ご自身もセミナーのような形でお使いになることが想定されており、音楽に限らず様々なジャンルでお二人の発信源として使っていただけるとうれしいですね。

ー素敵なお話ですね。本日はありがとうございました。

 

山本 卓郎(やまもと たくろう)

1973 年  滋賀県生まれ
1996 年  京都大学工学部機械学科卒業
1996 ~ 97 年 日本電気株式会社
2001 年  早稲田大学理工学部建築学科卒業
2003 年  早稲田大学理工学部建築学科大学院卒業
2003 ~ 05 年 アトリエ・ワン勤務
2005 年  山本卓郎建築設計事務所設立
2010 年  『F-WHITE』で 「DESIGN FOR ASIA 2010」 銅賞
2011 ~ 13 年 芝浦工業大学非常勤講師
2014 年  『白い洞窟の家』で「THE INTERNATIONAL
ARCHITECTURE AWARDS」受賞
2013 ~ 15 年 早稲田大学非常勤講師
2017 年  『大きなテラスの小さな家』で「GOOD DESIGN
AWARD2017」受賞