253-1 引き継ぐこと

写真は、目黒区東山の小高い住宅街に完成した共同住宅です。
オーナーのN様ご一家は、5年前、大きな庭のある木造住宅に1人住まいとなられたお父上の今後を見据えて、お父上とともにご実家を賃貸併用の共同住宅として建替えられることにしました。

N様はいくつかのハウスメーカーのモデルハウスを見学しました。しかし、収益性から敷地ギリギリの計画が示されたため、ご自分の感覚と少し合わないと感じ、建築士の友人に相談されました。「まずRC造を考えているのなら、施工会社から選ぶのがいい」とRC造の施工実績の多い弊社での施工を勧められました。
「表参道周辺の辰の施工物件を見学して、やはり入居者に長く暮してもらうのなら、コンクリート打ち放しがいいと思いました。賃貸部分は1DK、夫婦+子供1人くらいのプランで、ペットも可能にしました。実は妹が猫を飼いたかったという希望があったんです。今は完成した賃貸住戸に一緒に住んでいます」とN様。

一方、設計者を決めかねていたN様に、弊社営業部長からコンペの提案が出されました。30代から40代くらいの若手の建築家3名に設計をお願いし、お庭をなるべく維持してほしいというお父上の希望条件を満たして、既存の住宅の配置も活かした麻生征太郎氏の案にご家族の意見はまとまりました。

東棟1階にオーナーであるお父上の住戸、2、3階のメゾネットにN様ご一家の住戸、西棟に6戸の賃貸住戸が入りました。
小学生と幼稚園のお子様2人の育児で忙しい奥様のご希望は、キッチンを大きくとった、家族皆が何をしているか一目で見えるようなオープンな部屋。
「2階の玄関を入っていきなりキッチンなのですが、友人が集まる機会も多いので業務用の強力なコンロも設置しています。
昨年、コロナ禍で子どもが学校に行けなかったときにも庭で遊ばせることができ、子どもに料理を教える機会も作れました。3階の子供部屋は小さいうちは分けないで、ホールのような使い方をしています。思春期になったら仕切る予定です」と奥様。

「STAY HOMEの期間も好きなゲームを家族皆でやったりして、リビングにいる時間がほんと長いですね」とN様。
「両親が守ってくれたこの土地を、自分も次の世代につなぎたいと考えています。独立して初めての新築ということで力を入れてくださった麻生さんは、ほんとに建築が好きなんだと感じました。これからもずっと相談にのっていただける若い方をご紹介くださって本当に感謝しています」とのことでした。

252-1 コロナと現場

 

 

「猿楽町ハウス」 撮影:阿野太一

おしゃれなブティックやレストランが点在し、裏通りに入ると高級住宅街が広がる、住みたい街ランキングで常に上位の「代官山」。「猿楽町」は、もともとこの地域にあった大小2基の円墳のうち、大きい円墳「猿楽塚」からその名が由来します。塚は現在「代官山ヒルサイドテラス」の敷地内に残っています。

その「猿楽町」で、2019年冬からテナントビルの施工を承ることになりました。設計は、北山恒氏の architecture WORKSHOP(以下 AWS)です。年が明け、2020年、ちょうど中間検査が終わり、現場が2階スラブの躯体コンクリート打設が終わって間もなくのことでした。新型コロナウイルス感染拡大の影響で2020年の4月7日に1回目の緊急事態宣言が発令されました。設計のAWSの工藤徹氏に当時を振り返っていただきました。

「都からの要請があったようで、翌日には事業活動の自粛が始まり、この現場でも当面の間は定例会議と土曜日の現場作業を中止するといった知らせを受けました。現場の皆さんとはすぐに定例会議をどうしようかという話になったのですが、まだサッシも入っていない躯体だけの現場は外のようなものだから、『そこで注意して定例会議をしてはどうか』ということになりました。
こうしてコロナ禍で自粛の雰囲気が高まっていく中、現場で定例会議を始めたわけですが、緊急事態宣言下でもすぐに話がまとまったのは、定例会議でわざわざ集まって納まりを一緒に協議するという手順を踏んでおかないとうまく建築がつくれないのではないか、という感覚を共有していたからではないかと思います。結局は竣工間際まで現場で定例会議を続けました」とのことです。

どこの職場でもオンライン会議が推奨されるようになったコロナ禍での働き方ですが、
「建築をつくる行為は、やはり直接現場をみて、広げた図面に納まりを描いて議論をしないと多くのことに気が付けないように思います。頭で理解することと、身体でわかることは別のことで、現場で逡巡しながら全員が同じ空間で身体に納まりを定着させるような行為を行うかどうかで、人の手がつくる建築の仕上がりは変わってくるように思います」と工藤氏。

「今後、先進技術の優勢性や時間と空間を効率的に管理運営する思想は、社会的により強化され加速していくと思うのですが、現場の思想とでも言ったらよいのか、身体を現場や定例の空間に持っていくという原始的で一見過剰とも思える行為は、共同してものづくりを行う上で省いてはいけないことではないかと改めて感じました」
現場の一体感もあって、土曜日の作業中止日数分をそのまま延期した以外は、予定通りの工期で残工事なく竣工を迎えました。

「建て主の誠意と寛容さに支えられて、最後まで丁寧な仕事を続けることができた現場です」と工藤氏は、何時にも増して現場への強い思いを感じられたようでした。

251-1  弥生(町)に暮らす

 

「Sunny Letter 弥生」 撮影:アック東京

写真は文京区弥生に建ちあがった親子3世代の賃貸併用住宅です。地下1階、地上5階の、重厚な打ち放しコンクリートの建物は、「SHINCLUB249号」でご紹介した「Barbizon 23 ANNEX」の設計者、リバックス建築環境計画の計良篤美氏の設計です。

建て主の阿部信治様は、明治時代から続く日本画の筆を制作する工房「清晨堂」の店主・筆職人で、多くの日本画のプロの方のための筆を作り続けてきました。近くの東京藝術大学だけでなく、多摩美術大学や武蔵野美術大学、女子美術大学などの非常勤講師も務められ、すぐ近くの池之端に暮らして35年が過ぎました。現在は次男様に工房を譲られています。

今回の取材をお願いすると、「この家の建て主は長男です。長男が一緒に住もうと言ったのでこの建物を作ることになりました。が、企画や調整は建築に詳しい親父に任せると彼が言ってくれて、私自身は建て主ではないんですが」と照れながらも快諾くださいました。

「長男の嫁も嫌がらず、お父さんも年を取って心配だから一緒に、と。孫たちにとっても、親だけでなく祖父母、従弟たちと小さいうちからいろんな人間関係の中で育つのは良いことだと思います」と阿部様。

この街を愛し建築にも大変興味があった阿部様は、実は既にすぐ近くに計良氏の設計で、21年前に「異人坂館」という重厚なコンクリート打ち放しのマンションを建てられています。

「この地域は森鴎外や夏目漱石の小説の舞台として、有名です。
『三四郎』なんか読むとよくわかるのだけど、登場人物が街を歩くときに、坂を上がったり、下がったりする描写があるでしょう。僕はその描写でどこの事を言っているのかわかります。学生の時に団子坂に下宿していましたが、当時はエアコンがなくて夏は暑くて、涼むために路地から路地まで歩き回りました。小説の中の事を感じながら歩くのが楽しくて。今でも起伏は昔のままですよ」

阿部様は、その後も不動産情報を常にチェックされていました。この弥生界隈に限定すると、2年で3つくらいしか出てこない物件情報。しかし出たらすぐに見に行って、計良氏に相談の電話をすることを繰り返されてきました。
今回の土地では、計良氏から「5階建ちますよ。真北測量してください」と折り返し電話が来たので、すぐに測量依頼。「真北測量」とは 建物を設計する際に、日照時間などを調査するために必要な測量です。周辺では3階しか建たないところ5階建つという事で、事業計画としても見通しが立ったのです。

こうして親子3代の家の計画はスタートしました。

※「建物概要」は251-2へ

 

 

250-1 年頭のご挨拶_2021 ㈱辰社長 岩本健寿

「千駄ヶ谷駅前公衆便所」 撮影:アック東京

 

新年、明けましておめでとうございます。

皆様方におかれましては、健やかに新たな年をお迎えのことと、お慶び申し上げます。
本紙はこの度、節目である250号の発行となりました。
2016年11月、渋谷ヒカリエにて200号記念の「SHIN CLUB展」を開催させていただきましたが、現在まで継続発行できているのも皆様方のご支援ご指導の賜物と改めて感謝申し上げます。次の節目300号までご愛読いただけるために進化させていく所存です。

昨年、世の中は未曾有の災禍となりました。元々建設業界は景気の後退局面に突入しており、追い討ちを掛けられた状況になった訳です。弊社は幸い全作業所において、工事を完全休止することはありませんでしたが、リモート打合せによる効率低下・一部資材納入の遅れ・作業内容の自粛縮小などにより、少なからず影響を受けました。新規案件の進捗停滞による受注機会の喪失があったことも否めません。
今年も当面は変わらぬコロナ禍であり、アフターコロナの建設業界はより厳しさが増すでしょう。そのような状況下、建設会社としては付加価値があったり、差別化されたオリジナリティのある会社が生き残ると考えております。弊社は引続き建築屋という施工の専門店を維持し、愚直に建物づくりに取り組んでまいります。 「辰に頼んでよかった」そんなお言葉をいただくことが何よりの喜びです。社員一同、情熱をもって精進してまいります。
今後とも何卒変わらぬご愛顧賜りますよう、謹んでお願い申し上げます。

2021年元旦   株式会社辰 代表取締役   岩本 健寿