245-3 伊藤潤一/伊藤潤一建築都市設計事務所

2020年8月9日 at 11:38 AM

「コトをおこす建築」

今月は、「TREES(鵜の木集合住宅)」を設計された伊藤潤一氏にお話を伺います。

―大学院を出られてから、シーザー・ペリの事務所にいらっしゃったんですね。
伊藤:そうですね。入所して間もなく、日本橋三井タワーの担当としてアメリカ事務所に行きました。設計だけでなくアメリカ事務所と日本事務所のつなぎ役のようなことをやっていました。3か月以上滞在できないので、3か月滞在しては1週間日本に帰ってきて、またすぐに戻るというような感じで、最初はホテル住まいでしたが、途中からアパートを借りて、車で通勤するような状態でした。週末はNYやボストンに行き、建築を見て回りました。国際コンペもいくつかやりましたね。東京駅八重洲口のツインタワーのコンペでは、様々な国の若手が集められて、デザインを進めたのを覚えています。大規模な開発や超高層ビルのデザインに関する方法論をシーザーの元で直接経験できたことはとても貴重でした。

その後、独立して最初は住宅の設計などをやっておりましたが、東京大学の大学院の博士課程に籍を置き、アジアの街の研究をするようになりました。3年間の間にウズベキスタンや中国、インドネシアなど、アジアのいろんな国を巡りながら、歴史的建築物の保存と再生といったテーマでワークショップをやっていました。そのうち仕事がいくつか来て、そのタイミングで東大を後にしました。3年前にやっと博士号を取りました(笑)。

―ここで細かくご紹介できませんが、子どもの施設についての調査や設計もされているんですね。
伊藤:都市や街、建築について子ども達からもらう気づきというものが、とても新鮮で重要だと強く感じています。独立してからも二子玉川商店街などで、友人のアーティストや写真家と、アートと街遺産のワークショップを企画して、美大の学生と一緒に半年近くの事前調査を経て実施しました。こうした活動がきっかけで児童施設の相談などを受けることが増えていきました。

-児童養護施設に関するお仕事は、どのようなものだったのですか?
伊藤:以前の児童養護施設は「大舎制」という、学生寮的な住環境で養護を行ってきました。しかし、より家庭的な住環境に近い小規模な養護を推進するようになり、以前の建物が更新される必要が出てきたんです。
改修を依頼されて、いままで経験してきたワークショップを取り入れようと考えました。子ども達にとって、施設は家です。その子ども達と一緒につくる必要があると考えたんです。家が自分にとって安らげる場所であることを、プロセスを共有することで、メッセージとして子ども達へ伝えたいという気持ちでした。児童養護施設の設計は、なにかに導かれたような運命的なものを感じましたね。

―子どもに対して、建築や街について考えさせる教育が欧米に比べて日本では不足しているといわれています。
伊藤:たとえばフィンランドなどは、子供のための建築スクールがあったりしますよね。私は北海道の田舎で育ったので、この崖は自力で登れるとか、高台に行く獣道や公園への抜け道とか、街をくまなく探検して遊んでいました。こうした経験が都会の子供たちは少ないでしょうね。最近は自然災害が頻発して、自分の街はどんな地形や構造なのかを、知ることの必要性を改めて感じます。身近な街について知ることが、災害時対応やひいては地球環境について考えることにつながります。
―本日はありがとうございました。

 

伊藤潤一(いとうじゅんいち)

1971年 北海道生まれ
1996年 工学院大学卒業
1999年 東京藝術大学大学院修了
1999年 Cesar Pelli & Associates Japan 入所
2002年 伊藤潤一建築都市設計事務所 設立
2008年 東京大学大学院博士課程 単位取得満期退学
2017年 博士(工学)東京大学

■受賞歴
2012年 日事連建築賞(コダチノイエ)
2016年 JCDデザインアワード2016金賞(東小松川デイサービス)2017年 JIAゴールデンキューブ賞特別賞(子供の家)