189-3 上西 明/上西建築都市設計事務所

2015年12月18日 at 2:40 PM

見えないものをどう生かすか

今月は、「恵比寿Nビル」の設計者、上西明氏にご登壇いただきます。
―大学院では、槇文彦先生の研究室に入り、卒業後も先生の事務所に入られたのですね。
上西:そうです。建築のことはもちろん、建築と都市をつなぐアーバンデザインについても、現在に至るまで、一貫して先生からの教えは忘れていないですね。大切なのは「その場所をどう生かすか」ということです。どういう特性を持つのか、目に見えないものも大事にする。それが建物を環境の中で生かすことにつながります。例えば、今回の恵比寿Nビルの場合、恵比寿という都市空間のなかで、線路の敷地はあたかも郊外の川のような条件をもたらしてくれています。「空地」であり「遠くまで眺望が開ける場所」であり「第二の自然」と言えます。川を活かした設計が線路に置き換えられると言ってもいいですね。以前、川に隣接するクリニックを設計しましたが、相通じるものを感じました。

今年は、槇先生の事務所創立50周年で、この11月までその展覧会が代官山の「ヒルサイドテラス」で行われていました。国立競技場の建築計画案見直しについて、社会に対して発信された先生ですが、先日集まった会でも「仕事があるから」と先に帰られて、我々もあらためて先生の姿に刺激を受けました。展覧会の三つの会場のうちの一つになった「ヒルサイドプラザ」ですが、私が所員時代、担当したもので、「ヒルサイドテラス」第Ⅴ期の多目的イベントスペースとしてつくられたものです。ご存知の通り、「ヒルサイドテラス」のプロジェクトは1960年代後半から長い時間をかけて、集合住宅、商業空間、ギャラリーなどがつくられてきました。コミュニティを形成して、その中で必要と思われるものがどんどん生まれて、代官山という場所の持つ文化を生み出していきました。

その他にも、13年間の所員時代には、幕張メッセや横浜北仲通再開発計画など、様々な仕事を担当しましたが、最後の担当は宮城県の名取市文化会館でした(1997年竣工)。文化会館は、市役所や体育館に隣接する市の中核ゾーンにあります。2011年の東日本大震災では、海岸側の閖上地区や仙台空港が津波の被害に遭いました。皆さんの記憶にも新しいことだと思います。私も、その被害が気になり、当時の状況を詳しく聞く機会を得ました。

文化会館のある市の中心エリアの東側には、仙台東部道路が盛り土の上に作られていて、一種の堤防の役割をしたおかげで、市街地への津波の侵入が抑えられました。非常用電源が機能していた文化会館はもともと指定避難所ではなかったのですが、町中が真っ暗な中、そこだけが明るかったので、大勢の人が閖上方面から避難してきたそうです。会館の方では、エントランスホールやホワイエなどを開放し、対応にあたったと聞きました。それらは冷暖房が効き、換気のみの体育館のようなスペースに比べてはるかに良い環境でした。また和室や講義室などの小スペースは、病気の人の隔離スペースともなり、感染者の拡大を防ぎました。そして6月に仮設住宅が整備されるまで84日間、避難所として機能したそうです。8月からは市民の文化活動がリスタートし、復興支援や慰問のコンサートなども開かれました。その後、文化会館の庭には、ドイツの財団から申し出のあった寄付により、槇先生の設計で「希望の家」が子供たちのために建てられました。

文化会館は避難所として想定した設計は行っていなかったのですが、建物のハード面で「耐震性を備えた構造体」、「非常用電源」という基本性能を備え、加えて「病人を隔離することもできる小スペース」があったこともあり、柔軟性のある管理者の対応を含めて避難所として機能できました。基本性能を備えたある広がりのあるスペースの汎用性が実証されました。

 

―独立されてから、奈良県の医師会センターや大田区の障害者授産施設、個人病院などを設計されていますが、医療関係が多いのですか。
上西:特にそういうことでもありませんが、建築について思うのは、スペースの大きさや基本性能へのゆとりが大事だということですね。コスト、空間があまりにぎりぎりで、ある目的性能に限られたものだと、長い目でみてその建物は長続きしにくい。定量化しにくいところはありますが、ゆとりがあれば、設備面でも将来的に更新、変更がしやすい。建築は、使い続けることが最も省エネであり、省資源です。基本性能を持った建築をつくると同時に、使い続けるための知恵も必要だと思います。

 

-ところで上西さんは、建築学会の委員としての仕事も多いようですね。
上西:文化施設小委員会のメンバーで『劇場空間への誘い』(2010年発行:鹿島出版会)という本をまとめました。以前小委員会から出版した『音楽空間への誘い』の続編にあたるものですが、芝居小屋から始まる劇場空間の本質の一端を明らかにし、建築家だけでなく、演出家やプロデューサーとの対話も盛り込みながら、次世代の劇場を考察しています。今は優れた舞台設備、音響設備を駆使した空間テクノロジーがありますが、一方で原初に立ち戻るような劇場空間もあります。その昔見た栃木の大谷石の石切り場での、太田省吾さんによる無言劇も忘れられません。演劇を通し、その空間でしかできない非日常体験ができる空間があります。どちらもありうる、ということです。いろんな方にお読みいただきたいですね。

―本日は、どうもありがとうございました。

 

 

上西 明

1959年 東京都生まれ
1982年 東京大学工学部建築学科卒業
1984年 東京大学大学院修士課程修了(建築学科槇文彦研究室)
1984~1997年 株式会社槇総合計画事務所勤務
1998年 上西建築都市設計事務所設立
共立女子大学 家政学部 建築・デザイン学科 非常勤講師(2008年~)
工学院大学建築学部 非常勤講師(2012年~)
関東学院大学大学院建築学専攻 非常勤講師(2012年~)
主な作品
奈良県医師会センター、大田区うめのき園分場、ガラスブロックホール、
緑の中の診療所、橋詰の医院、NYウェストエンド・アパートメント