68-3 建築家紹介19 石川倬/石川設計工房

2004年9月5日 at 12:38 PM

「神宮前」

―今月は、延命寺の庫裏新築工事を設計され、辰で新たなビルの施工も予定されている、石川倬氏にご登場いただきます。神宮前の事務所にお邪魔してお話を伺いました。

―石川さんは、ここ神宮前、原宿周辺でのお仕事を長年続けていらっしゃいますね。

石川:そうですね、独立して自分の設計事務所を持って今年で17年、それ以前も原宿にある事務所に10年間勤めていました。高校時代にも住んでいましたし、この町の移り変わりはずっと見てきました。VANジャケットがあって、キディランドがあり、コーヒーのレオンはデザイナー達の溜まり場だった。メンズファッションのバークレー、青山通りには路面電車。それでも30年前は人通りはそんなに多くなく、日曜日に表参道を歩いていても、出会うのはせいぜい数人、それも外人ということが少なくありませんでした。木造の教会があって、アメリカの色合いがある住宅地でしたね。

それが20年前くらいからアパレル関係の大型店舗が建ち始めました。まずパレ・フランセ、そしてラフォーレ原宿ができ、一挙に人の流れが増えましたね

―そうでした。表参道なんて、静かでしたよね。

石川:原宿の地元の人は派手でもなんでもなく、ごく普通の下町の人たち。人情味あふれる昔ながらの暖かい関係が残っています。私自身そういう方たちとのご縁でずっと仕事をやってきています。来るものは拒まずで、いろいろな建物を設計しています。

 仕事の上でいつも気にしているのは、工法や材料。ローコストであるなしにかかわらず、「有機的な建物」を目指しています。

―有機的、といいますと?

石川:精神的な安らぎ、思いやりのある建物ですね。構造ももちろん大事、安全性は最優先です。例えば今度建てる事になったビルも、街並みに対する有機的なエレメントとしてルーバーを用いたのですが、目隠しとして隣接するマンションに配慮した結果です。仕上げは打ち放しと石貼りです。建物自体の柔らかさを大事にしています。

―今回辰が増築工事の施工をさせていただいた延命寺は随分と由緒あるお寺ですが、周りにはアパレル系のオフィスビルやデザイン学校などがどんどん建っています。昔は今の山手線の敷地にも延命寺のお墓があったくらい広かったそうですが、そういう状況についてはどうお考えになりますか?

石川:後からやってきた住人はお墓などがあると嫌がるかもしれませんが、私は家がお墓やお寺に面しているのは、悪くないと思いますよ。それより、日当たりもいいし、「お墓に面していて怖い」という人もいるかもしれないけど、死んだ人は生きている人に何もできませんから(笑)景色もいいし、都心にこういう広い空間があることは環境としてとてもいいことです。江戸の名刹と呼ばれる上野寛永寺、芝増上寺、音羽護国寺などで、今、江戸の名残を残して当時の広さを確保しているのは護国寺くらいのものでしょう。なるべく広いスペースは残しておきたいものです。

 延命寺のご住職が また面白い方でね。豪快な気質でいろいろなともお付き合いがあり、こちらもいろいろと勉強させてもらっています。寺の入口には毎日の心得がかけられて、日々の生活に密着したものがあります。例えば私が気に入っているのが、「暑いの寒いのといっては年をとる」。そんなに文句ばかり言って暮らしていったってしょうがない、ということですね。そういう場所は大事にしていくべきだと考えます。逆に、自分が建物を建てる立場で言えば、近所の人から「あの建物はあっていい」と思われる仕事をしていきたいですね。

-石川さんが建築家になろうと思われたのはいつごろですか?

石川:私は早かったとおもいますよ。中3くらいにはもう決めていました。というのは父が素人ながら、雑誌「新建築」を講読しているような人でしてね。自宅を建てる際に、出入りの大工に雑誌を見せて「こういう風にやってくれ」と、吹き抜けもあるような、当時では随分モダンな家を建てさせたのです。だから設計という仕事にはとても興味があった。でもスポーツも好きでした。高校時代はスキーでインターハイや国体にも行きましたから、大学へ進学するときは勧誘も来て、進路は迷いましたね。しかし仕事にするならやはり建築をやりたいと、一浪して日大に入りました。

―受験ぎりぎりまでスポーツに打ち込んでいらしたでしょうから、建築学科みたいに難しいところは現役では大変ですよね。

石川:設計の仕事は、図太さと繊細さを兼ね備えていなければならない仕事です。一つの建物を作る際にも言えることだし、事務所を持ち職業としてのモチベーションを維持しなくてはならない点でも重要なポイントです。 今の若い人の中には、せっかく独立しても仕事を続けられず、結局会社に入りなおすというケースも多いと聞きます。先日メーカーの営業マンから聞いたのですが、設計事務所もずいぶんと引っ越したり、無くなったりしている、とのことです。設計はお客さんにリピーターが少ない業界です。同じ人が家を建ててもせいぜい2回。だから、私はいろいろな仲間たちと協力して地道に仕事をしていきたいですね。

―表参道も大きく様変わりしていきますね。

石川:大学の卒業制作は「同潤会の再生プロジェクト」でした。その意味でも今後の変化には大いに注目していきたいと思っています。

―どうもありがとうございました。

 

石川 倬(いしかわたく)

1951年 東京都生まれ

1974年 日本大学建築工学科卒業 設計事務所勤務
1979年 石川設計工房 開設
現在に至る

主な仕事
病院関係、大使館、商業ビル、学校、共同住宅、専用住宅 その他多岐にわたる