140-1 M4 (La coronne ) ラ・クローネ
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①全景
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②お菓子の「コロン」を思わせる建物の円筒部分はコンクリートの表面が小さな波がさざめくような模様になっており、型枠大工の技術の高さを感じさせる
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③3階、オーナー邸リビング。猫のブリーダーであるオーナーは常時20匹から30匹の猫と共生されており、特注の鋼製構造物で室内を仕切っている
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④オーナー邸2階居室。円筒部分の内部は、上下貫通可能。現在は、猫が行き来できるくらいの穴が天井にあいている
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⑤賃貸部分2階キッチン
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⑥賃貸2階リビング。右側の界壁を開放、隣接する住戸と連結可能
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⑦賃貸部分入口。手前の植栽はオーナーが自分で作られた。左側の螺旋階段を上ると、最上階のオーナー邸のもうひとつの入口になっている
撮影:平 剛
「小さな集合住宅のスタンダードを考える」
「M4」の「M」は、私たちが計画してきたオーナー住居付きの小規模集合住宅のコードネームである。共通しているのは、それぞれの居室が連結可能な構造、つまり壁式コンクリート造の一部を貫通可能としている「界壁連通型」であるということ。
建物は、オーナー邸としての要望と一定の収益性、そして何より長期的に利用価値を維持していけるように様々な工夫が施してある。社会構成の急速な変化は、未来をますます予測困難にしている。短期的にはオーナーの住まいに対する要望に応えつつ、長期的なリスクをどう捉えて何をすべきか、個別の与件を丁寧に整理した上で、柔軟な発想が求められる。
私たちの暮らしの中心である「家」は英語で「House」。それ以外に「Home」とも言うが、建築家にとって「Home」は作品ではなかった。ハウスシックとホームシックが、まったく別の意味であることからもわかるように、「House」は物質的で外見的な状況を意味する一方、「Home」とは、家族、故郷といった、個々の記憶と感情による拠点、つまりは「心のよりどころ」としての場所をさしている。私は「家」という意味のホームとハウスが、本来はまったく異なる価値をさしていることを最初に理解してもらうようにしている。あまり意識されない。でも、どちらも人にとって必要な豊かさだが、急速に成熟した日本では、ハコとしての「House」はすでに大量に余っている。
住宅を設計する建築家にとって最も重要なのは、「House」が「Home」となるために、住まいのデフォルトがどうあるべきかを考える事だと思ってきた。ここでいうデフォルトという意味は、なにもしていない最初の「初期設定」である。ただし、それは、最小限住宅やユニバーサルデザイン、あるいはミニマリズムのような形式の話ではない。具体的には、建物の外殻と構造を長期的に適合させるための個別的な判断が自由であるための障害を取り除いた状態。インテリアや仕上げの設えは住み手にとってより感情的な関心事であり、それぞれが「Home」であるために大切にすべきプロセスだ。
カスタマイズには様々なレベルがある。最初は小物や家具のコーディネーションから始まって、窓際のトリートメントや、水廻りのアレンジ。その延長には、壁や天井というように、関わる部位は構造と仕上げのあいだに近づいてくる。しかし、そうした住み手に発生する意味作用は、時間が経てば移りかわる。受容者の状況の変化によっては、カスタマイズの価値は失われてしまうこともある。
こうした考え方は、マンション等での、スケルトン・インフィル(S.I)にも通じるが、実際にはなかなか定着していなかった。なぜなら、それは供給側が考える仕組みでしかなく、その可能性を広げられる受容者が不在なのである。
つまり、それらが文化的な意味を持つためには、住み手が自らその仕組みに参加する利益と楽しさを理解し、さらにはそのアクティビティーを持続的に後押しする役割が重要なのである。
その必要に応えられるのが、従来の建設業者なのか、建築家なのか、その他の何かなのか、まだそれはハッキリしていない。しかし、住宅における「構造と仕上のあいだ」は、外殻と内側の境界領域。すなわち建築とインテリア、「house」と「home」あるいは、公と私を繋ぐ手がかりなのである。
(内海智行氏 談)
所在地:北区
構造:RC造
規模:地上3階
用途:共同住宅
設計:内海智行 /ミリグラムスタジオ
竣工:2011 年7月
施工担当:夏井・奥村
撮影:平 剛