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204-1 街をつくるオ―ナー

 

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「lani ebisu(ラニ・エビス)」撮影:海老原一己/GlassEye Inc.

 

 写真は、この度恵比寿に建ち上がった共同住宅です。恵比寿は、2016年、某住宅総合雑誌の「住みたい街」NO.1に輝いた、人気エリア。外食やショッピングに便利であり、なんといっても交通アクセスの良さが抜群で、賃貸相場も都内ではかなり上位です。建物のオーナーは不動産を他にもお持ちで、不動産情報に詳しく、設計の腰越耕太氏は、コンサルタントとともに、収支と建築コストを算定し、ボリュームを確保できるようプランを提出されました。南側は低層住宅街となっており、最上階からの眺めは素晴らしく、オーナーも大変満足されているとのことです。
 その賃貸部分は住宅としてはもちろん、事務所・店舗使用も見込めるだろうと、キッチンと風呂を思い切ってそぎ落とすことにしました。住まう場所として魅力的な恵比寿ですが、事務所や、ネイルサロンなどの小さな店舗も周辺にはたくさんあります。結果的に、竣工まもなくすべて入居者が決まり、事務所としての利用を予定している方が約半数でした。狙いは的中したのです。
 一方、腰越氏は現在、別の共同住宅の設計も行っていますが、同じ単身者向けでも、こちらは逆に住宅としての機能を充実させているとのこと。計画地である大田区で、ターゲットは、空港でお仕事をされている方々です。キャリーケースがおけるトランクルームを設けたり、キッチンは自分で調理がしやすい、充実したものにしています。長旅から帰ると、自分で普通の料理を作って食べたくなるもの。旅の疲れを癒せるよう、浴室や洗面も充実させています。
「共同住宅も必ずこれで行かなくてはならない、というルールがあるわけではない」と腰越氏は言います。そのエリアをきちんと分析し、明確なターゲットを設定することが、他との差別化を図る上でも重要です。
 2015年、恵比寿駅近くに自宅兼事務所を建設された腰越氏ですが、建蔽率60%、容積率200%の三角形の土地に、正方形の建物を建蔽率30%で建て、敷地の3か所に小さな庭を残しました。恵比寿の周辺は小さな土地も多く、建蔽率いっぱいにして建てるのが一般的ですが、少しでも息苦しさを回避したかったそうです。「ぎりぎりに建てると、かえって死に地が生まれるんですよ」と、少しでも地面があることの意味を教えてくれました。
 「単にボリュームの収支だけでワンルームマンションを建てて終わりでは、5年もすれば空き室ばかりになってしまう」と危惧されているのは、P4の「建物再訪」で話を聞かせていただいた、練馬の集合住宅のオーナー芹沢尚弘氏。ご自身は、周辺の不動産をいくつかお持ちの3代目として、練馬駅周辺の環境を良好にするために、所有する共同住宅や貸家の将来性を考えています。入居者だけでなく周辺の住民の方々にも役に立つ建物のあり様を模索し、建物のメンテナンス、求められている建築をつくりたいとおっしゃいます。練馬駅周辺でも、「ワンルームは建てたものの、5,6年経って入居者が埋まらなくなってきている賃貸マンションもみられる」とそれらのオーナーの勉強不足を指摘されています。
 小さな建物でもその存在感が周辺に良い影響を与えてくれる、そんな建物を生み出すオーナーの力強いパートナーとして、建築家の方々と施工会社は、ますます信頼関係を築いていかなくてはならない、と感じます。

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大空に開かれた共同住宅

  敷地は恵比寿・広尾両駅から徒歩10分という、好アクセスに位置する。明治通りから少し南側、渋谷川を渡ったところで、用途、高さ制限がちょうど切り替わる境目にあり、建物南側は低層住宅が密集している。オーナーは、既にいくつか不動産をお持ちで、収支にも詳しいため、こちらもいくつかの候補地にボリュームプランを提出していたが、恵比寿は場所もよく、収益性を見込めるということで、計画はスタートした。
建物の北側は日影規制を受けている。両隣のアパートがどちらも4階建てであることからもわかるように、通常の階高設定だと4階しか建たない。しかし階高を絞り、僅かにレベルを地中に下げることで5階建てとすることができた。また前面道路は狭く、道路斜線制限が厳しいが、天空率を使って最大限の容積を確保した。
「恵比寿らしい空間を」という要望に応じるため、洗練されたモダンなコンクリートの建物の中に、
手仕事を感じる、味わいのある質感を持たせている。コンクリート壁を杉板化粧打ち放しにしたり、タイルやエイジング塗装の扉を用いることで、数多くのマンションが建ち並ぶ都心で、差別化が図れるのではないかと考えた。
 また、通常、賃貸住宅では行わないコンセプトも盛り込んでいる。つまり恵比寿のこの場所ならば、事務所としても、小さな店舗としても入居者を見込める。限られた面積に対し、使用頻度の低いものはなるべくそぎ落としておきたい。普通の共同住宅では当たり前のキッチンと浴室が、この建物では邪魔なのではないかと考えた。そこで、キッチンは熱源のない流しだけの簡素なものとし、浴室はコンパクトなシャワールームのみとした。結果的に竣工早々、すべての部屋が入居者で埋まった。半数は事務所使用である。オーナーも一安心されているようである。
最上階に、空を捕まえるような、見晴らしの良いオーナー邸ができた。建物名は、ハワイ語で「空・神様」を意味する「lani(ラニ)」という言葉から、「lani ebisu(ラニ・エビス)」とした。ハワイをこよなく愛するオーナーに捧げるのに、ぴったりの言葉である。
  (腰越耕太氏 談)
構造:RC造
規模:地上5階
用途:共同住宅
設計・監理:腰越耕太
施工担当:田所
竣工:2016年12月
撮影:海老原一己/GlassEye.Inc.

204-3 腰越耕太/腰越耕太建築設計事務所

高密化を避け、街並にゆとりを与える

今月は「lani ebisu」の設計者、腰越耕太氏をお迎えしました。
―新潟県のお生まれですね。
腰越:「コシヒカリ」で有名な米どころです。
―建築には子供時代から興味がおありでしたか。
腰越:なんとなく影響があったと思うのは、叔父が美術の仕事をしていて、盆正月には家に来て作品を作ってくれたり、絵も描いてくれたりしてくれたことですかね。僕も絵を描いたり、何か作ることは好きでした。親に買ってもらった大量のレゴで、家ではなく飛行機を作って一日中遊んでいましたね。
―HPを拝見すると、個人住宅を多く手掛けられていますね。
腰越:店舗や老人福祉施設の経験もありますが、数が多いのは個人住宅です。木造がほとんどです。コンクリート系の工事はあまり経験がなかったのですが、これまでは良しとしていたところを、今回、辰の現場の方に「将来こうなるので危ないですよ」と指摘してもらったのはよかったですね。
―恵比寿の、この事務所兼ご自宅は、コンクリート打ち放しですね。
腰越:2015年完成しました。建蔽率60%、容積率200%の土地ですが、小さく作って、本当によかったと思っています。通常もしこの敷地に自分が設計を頼まれれば、最大限の建蔽率を利用して敷地ぎりぎりに建てるところです。でも土地取得時、隣の土地も空いていて、建つことを想定すると、家が隣の外壁に囲まれてしまうのが予想できました。僕は息苦しい家がとにかく嫌なんです。それで建蔽率を30%しか使わないで、建物自体は小さくなりますが、7割地面を残しました。そうすることで3か所の三角形の庭に植樹ができて、緑に囲まれた明るい空間ができました。とても心地よいですね。開口部が四方にあり、光と風が入ります。お隣と真正面に向き合うこともなく、道路からも引きを確保しています。ワンルームが3層重なるようなプランで、移動は大変ですが、見える景色も階ごとに変わって楽しいです。
恵比寿周辺は小さな土地も多いです。建蔽率を絞り、その代わり高さ制限を緩和することで、密集して息苦しい街並みを避けることができるんじゃないかと感じます。都心の多くの住宅密集地では普通ですが、敷地いっぱいに建てると、結局、死に地が生まれます。猫の通り道とか、室外機を置くだけの路地くらいで、開口部も結局機能しない。
―高さを緩和するのと規制としてはどちらが先だと効果的でしょう。
腰越:建蔽率を絞る方が効果が出てきやすいでしょう。それから、土を触るという癒し効果は意外にあるものですね。地植えは楽しいですよ。「lani ebisu」でも、作りたかったのは抜け感。光と風をいっぱいに感じたかったですね。
―大倉山プロジェクトという作品は、素材が面白そうですね。
腰越:海辺のファクトリーがテーマです。海が好きなオーナーさんは高齢のご両親と同居されていて、今後車いすも想定されるので、段差なく外からそのまま入ってこられるような床を採用しました。主に店舗で使われる、スプーンカットのパイン材ですが、足ざわりもよく、まだら模様が削れてくるのが面白いです。他にも海の家のような、簡素なイメージを盛り込んだ素材にこだわっています。天井に一部ガルバリウムを貼ってみたり、ベニヤを壁に貼って仕上げたり。反対側の棟はアパートとして、2人の息子さんの相続対策としています。
―旅行が趣味とのことで、ブラジルがお好きとありましたが…。
腰越:新婚旅行で行ったんです。僕も妻も秘境みたいなところが好きでして、普通の旅よりは冒険がしたいんですね。
―それはすごいですね。
腰越:せっかく長い時間をかけるなら、めったに行けないところへ行こうと、南米、アルゼンチンのベリトモレノの氷河から、ブラジルへ。ブラジル人はヨーロッパにないアットホームな雰囲気がいいですね。それにアルゼンチンで肉ばかり食べていましたが、ブラジルに入ってからは料理がおいしかった。だんだん北上して、レンソイス・マラニャンセス国立公園まで行き、ペルー経由で帰国しました。それ以降、行きにくい国ばかり。特に妻は独身時代から旅行が趣味で、結婚が遅かったし、ヨーロッパなど行き尽くしていて、誰も行かないようなところに行きたがります。インド、モスクワ、エルサレム、死海、今はもう行けなくなったところも多いですね。僕はたまには、建築旅行もしたいと思っています。フランスとか。イタリアは1回行きましたが、また行きたいですね。普段休みを取れないので、年に1度はまとまって休むようにしています。
―外国に行くと、どんな面がいいと思いますか。
腰越:作る建築に直結はしませんが、新しいものに触れるというのは、着想の源になったり、良い効果があると思います。
―福島の方でもお仕事をされています。都心でのお仕事の一方で、やはり地方で建築コストをかけられる仕事はいいですね。
腰越:都心は土地が高すぎますからね。ご相談を受けている中には、広大な土地でどこに建物を配置しようというような案件もあります。今は都心と地方と半々ですね。僕は新潟の出身で、地方ののんびりとした雰囲気が合うのかもしれません。妻が長野県出身なので、ゆくゆくはどちらかの実家の方に帰るかもしれません。
―地方にも拠点をお持ちの方を羨ましく思います。本日はどうもありがとうございました。
腰越耕太
1976年 新潟県南魚沼市生まれ
2006年 神奈川大学大学院修了
2009年 設計事務所勤務を経て独立
2010年 株式会社腰越耕太建築設計事務所 設立
趣味・旅行、特に気に入っている国はブラジルとイスラエル。アフリカ、中米を旅するのが夢。

204-4 「建物再訪」 2.N(エヌ:練馬集合住宅) 

 

 

今回は、ShinClub 74 でご紹介した、「Neri」こと「N」のオーナー芹沢尚弘氏と竣工当時若松均建築設計事務所で現場を担当し、「N」の住人としても芹沢氏と家族ぐるみのお付き合いを続ける、萩野智香氏(萩野智香建築設計事務所)にお話を伺いました。
練馬駅周辺の数多くの不動産物件を先代から引き継ぎ、街の環境を見据えて不動産オーナーのあるべき姿を提案する芹沢氏は、以前勤めていた「PDO」で「地域とのつながりを考慮した美しい共同住宅」案を募集。高齢者の多い下町情緒残る界隈の特性を生かした若松均氏のプランが採用され、2006年3月、共同住宅「N」が完成しました。竣工後10年を迎え、今回、外壁塗装、防水工事などの改修工事を行わせていただきました。

―芹沢様はずっと練馬にお住まいですね。
芹沢:曾祖父の代からになります。農家で、この辺はまだ畑ばかりでした。祖父の代から町の不動産屋さんとアパート経営を行うようになり、父の代で徐々に増やし、その後私が引き継いでいます。
常々疑問に思っていたのはほとんどの地主さんが経営を不動産屋さんに丸投げで、「相続対策としてある程度の収入が確保されればいい」くらいの意識だということ。集合住宅の規模になると、街の景観として影響力はすごく大きいのに、無責任にただ建物を作り続けています。最近はワンルームがほんとに増えてますが、練馬ではある程度の広さが確保された部屋に、シェアして半額ずつ払って住む方の需要が多いくらい。子供ができればファミリータイプに引っ越す、子育てエリアです。新築神話は賃貸住宅においても、最近の若い人には当てはまらないし、竣工後5,6年経って入居者が埋まらなくなっていく物件が多いです。東京の賃貸住宅は総じて余っていくわけで、建築家の設計による建物はもちろん魅力がありますが、それ以上に普通の建物をきちんとメンテナンスしながら、長く使っていくことも忘れてはならないことだと思いますね。
―「N」は近隣の方からの評判も良いそうですね。
芹沢:近所の人が通り抜けられる開放的なプランで、「いいものができたね」という声をいただいています。入居者の方も建物を愛し、ゴミを拾うとか、清掃を心掛けてくれ、長く入居してくれています。ですから工事に関わった設計者の方、工事の方、そして街の人たちをがっかりさせないよう、いい状態を維持していきたいですね。メンテナンスは、工事の最初の挨拶、工事中のお声、終わった時の挨拶など近隣の方や入居者との新たなコミュニケーションの機会です。お互い、顔を合わせて話を交わすことこそ、セキュリティに繋がります。5年後には、防犯や宅配BOX、インターネット環境など入居者のための更なるメンテナンスを計画しています。街行く人に「愛着がないんだな」と思われるような建物にはしたくはないですね。
―萩野さんも「N」の住人でいらっしゃったとか。
萩野:若松事務所に入所した頃、芹沢さんの所有するマンションに入居することになって、いろいろとお話を聞くようになり、物件を担当することになりました。完成後、今度は自分が関わった「N」に住み、自分が考えていたことの答え合わせができたことは得難い経験でした。特に、2つの反転するプランの部屋に住み替えたのですが、「これだけ室内の環境が違うんだ」ということを実感しました。10年間で建物が変っていくことも経験できて、本当に自信をもってお客さんに伝えられることが増えました。改めてお礼申し上げます。やはり、オーナーの志があるかないかの差で、環境はずいぶん変わると思います。芹沢さんのような方とよいまちづくりをしていければと思いますね。
―練馬を救う会、ですね。
芹沢:同世代のつながりは既にあるんです。他のエリアで、やはり先代からの不動産を引き継ぎ、新たに複数のマンションを建てられて、街に良い環境を与えているオーナーとのつながりも生まれそうです。
―本日はありがとうございました。

 

構造:RC造+S造
用途:共同住宅
規模:E棟地上3階 W棟地上4階
設計:若松均 /若松均建築設計事務所
構造設計:多田脩二
照明設計:戸恒浩人
企画:PDO
管理:スタジオエヌ
竣工:2006年3月