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206-1 和の心を食で伝える

「 大門KUROGIビル 2階客席 」撮影:アック東京

「 大門KUROGIビル 2階客席 」撮影:アック東京

 

 今月は、大門に新たに建ちあがった日本料理店のビルのご紹介です。
 オーナーシェフの黒木純氏は、今、最も注目されている若手料理人の一人です。

 

 宮崎に生まれ、小さい時から料理人の父の姿を見て育ったという黒木氏は18歳で上京し、10年間にわたり、名だたる名店で修行を積まれました。2006年、1日限定1組という割烹、北千住「1503」の料理長に就任。

その後、2008年「湯島121」をオープンさせました。 最初の半年は苦労されたようですが、師匠の「美味しいものを作っていれば、お客様はどこへでも来てくださる」という言葉を信じ、奮闘を重ねられ、半年後にはお客様が多数訪れる名店になりました。

2010年、店名を「くろぎ」に変えて、オーナーシェフとなり、そして2012年、テレビ出演の機会により、その凛とした佇まいが話題を呼び、一躍和食界の若手ホープとして、お茶の間にもその名前が知られるようになりました。

このたび、湯島の地から都心の大門へと拠点を移され、客席は減りましたが、さらに「素材と会話」しながら、その個性を最大限に引き出して、お客様に旬の食材を一番いい形で提供する場所を用意されることになりました。

 

 一方で、黒木様は、若い世代へ、もっと和食の良さを知ってほしい、と東京大学本郷キャンパス内に、和菓子の店「厨(くりや)」も2014年オープンしています。
「和食」はご存知の通り、ユネスコの世界文化遺産にも登録され、世界からも注目を集めていますが、さらに和菓子の良さも堪能してもらいたいという思いです。

 

 そして、4月20日、銀座にオープンした「GINZA SIX」。地下2階に、「くろぎ茶々」という、京都が受け継ぐ宇治茶を輪の中心に職人の手仕事が加わったお菓子のお店もオープンされました。イートインでは、「くろぎ湯島店」でお客様に人気のあった鯛茶漬けもいただけます。

 

大門「くろぎ」は、夜の部はほぼ年内は予約でいっぱいとのことですが、お昼はまだ余裕があるようです。ぜひ一度お出かけになってみてはいかがでしょうか。

 

「くろぎ」店舗情報

HP:http://www.kurogi.co.jp/
住所 東京都港区芝公園1-7-10

TEL  03-6452-9039
アクセス 都営浅草線 大江戸線 大門駅A6出口
JR 浜松町駅 北口
営業時間
昼の部 [火―土] 12:00~14:30
夜の部 [火―土] 17:00~23:00
定休日 日曜日、月曜日、祝祭日

 

※予約は当分の間、お昼だけとなっておりますのでご注意ください。
お昼のお席  12:00~14:30
お1人様    ¥30,000(税サ別)
予約電話番号 03-6452-9039

206-2 大門KUROGIビル

オーナーのこだわりを実現する、都心の日本料理店

 人気日本料理店のオーナーの新たな店舗である。
以前のお店は、湯島で民家を改装されて使っていらしたが、今回、芝大門のすぐ近くにビルを建てられ、客席数は半分に減ったが、より厳選されたサービスを目指されている。
通りに面した敷地は50㎡で、地下1階を含め7層となっている。料亭だから、入口を入ってすぐに客席というのでは品がない。そこで、内部に路地空間を作り、お客様に道行きを楽しんでもらう数寄屋スタイルである。内装デザインで協働した杉原事務所が得意とするところである。
建物は中央の客席を中心に、柱型から、さらに外側に空間を作り、そこに階段、通路をあてるようにした。裏動線と客動線をうまく錯綜させて使っている。
フロア計画としては、地下1階に天井高を低く取った倉庫を置き、1階の入口には坪庭を設けている。向かって右側がお客様への入口、左側がスタッフの入口となる。通路には、御影石の敷石を方形乱尺張りで敷き詰め、目地はかまぼこ型にして、ヒールなどが引っかからないよう、調整している。2階、3階に客席、4階が厨房、5階は事務所、6階に冷蔵庫のあるストックルームを配している。
エレベーターは1本あるが、厨房と客席階を結ぶ小荷物用昇降機も設置し、4階の厨房で主だった調理を行って、客席で料理人が最後の一手間を加え、お客様に供することができるようにしている。
 都心でもあり、季節の移ろいをそのまま中に入れるより、茶室などと同様、外の世界を一回拒絶し、環境をコントロールしなくてはならない。外壁は黒っぽいスライスストーンを下見板風に貼り、抑えた色調とし、開口部も極力設けていない。唯一、2階だけは客席から通りを見下ろす角度で窓が街の喧騒をよそに開いている。また3階の避難バルコニーは坪庭の設えで、客席からの目線を下げている。
(児玉卓士氏 談)

構造:RC造
規模:地下1階、地上6階
用途:店舗
設計・監理:児玉卓士/アーキベルク一級建築士事務所
内装設計:杉原デザイン事務所
施工担当:綿貫、青山
撮影:アック東京

206-3  児玉卓士/アーキベルク一級建築士事務所

建築と人間性

今月は、「大門KUROGIビル」の設計を担当された、アーキベルクの児玉卓士氏にお話を伺います。

―今回、「くろぎ」様のビルを手掛けることになったのは、どういうご縁ですか?
児玉:店舗などの和空間のデザインで多くの実績のある、京都の杉原デザイン事務所からのお誘いですね。これまでも、私が入れ物の建築をつくり、杉原さんが内部のデザインを担当するという仕事をいくつか手掛けています。
30年ほど前、私はドイツの留学から帰国して、恩師相田武文先生の事務所に勤め始めたのですが、金沢で当時流行り始めた億ションの設計を急きょ担当することになり、クライアントの方に1棟が完成後、「内装は知り合いの京都のデザイナーの方に頼みたい」と紹介されたのが、最初ですね。当時、彼はまだ今ほど和空間に拘っておらず、2棟目はだいぶ柔らかな仕上げで、2つの棟が男女のような対比で、都市美賞を頂くほどの、良いマンションになったと思います。
最近の仕事では、埼玉県吉川市の川魚料理の老舗料亭「福寿家」とか、金沢の「金城樓」の増築計画で、その後が今回の「大門」ですね。都心で大きくはない建物ですが、どうしても路地空間はほしいので、わざわざ内部に縦型の路地を作り、道行きを楽しんでもらう―これが杉原スタイル、と言えますね。
―芝浦工業大学ご出身で、長年、教鞭も取っていらっしゃいます。
児玉:もともと広島出身で、芝浦工大に入り、大学院まで相田武文先生にお世話になり、4,5年ゆっくりしていたわけですが(笑)、ちょうど卒業時にオイルショックがありまして、就職なんか考えられない状況でした。留学も流行っていまして、僕はポストモダンに移る時期でもあったし、「シュペーアも面白いぞ」とドイツを選びました。

また戦後閉じていた古文書館がオープンとなり、建築資料も初めて出てきた時期だったので、ベルリン工科大学に行くことにしました。当時はまだベルリンの壁があり、西ベルリンにはいくつも大学があったのですが、都心のベルリン工科大学に入学すると兵役、社会労働が免除になるというので、西ドイツから若い人が集まってきていて活気がありました。

1981-83年までいましたが、父が亡くなり、急きょ帰国し、相田武文設計研究所を経て、広島で自身の事務所を立ち上げ、その後3年ほどたって、事務所を東京に移転して、現在に至っています。
最近は、郷里の広島でも福祉関連の施設の計画、開発を行っています。地元では過疎化が進んでいますが、今、森林組合の研修所を福祉施設として再利用する計画を手伝っています。授産施設(福祉法人自身が起業したもの)として、レストラン、宿泊施設に改修する一方、周辺の高原野菜が有名な山間農地の耕作支援から、農家の空き家利用のエコツーリズムへの発展が期待されています。

 設計は、施設関連が多いですね。個人の住宅はそれほど多くありません。大学での研究では、「せっかくドイツまで行ったのだから」と博士コースができた時に、相田先生に勧められて「ドイツ近代建築史」の位置付けで、ナチス期の収容所の研究をまとめました。各収容所は個々に研究も進み、記念施設になっているところもありますが、俯瞰して全体像を眺めることをドイツ人自身はやはりやりたがらないんです。そこで外国人の私がやる意味もあるかと思いました。

―恒常的な意味合いもありますね。
児玉:そうですね。収容所のプランニングをやったのもユダヤ人、末端で管理者として働かされたのもユダヤ人、ということがわかっています。組織管理は集団行動の合理化であり、最終的に人間性を保てるかどうか、それが問題ですね。今、介護の現場では、終の棲家ということが問題になっています。実際には社会に戻れないまま、高齢化が進むと「最期まで集団の中でケアを受けるのではあまりに寂しい」と個室化が進んでいます。

一方で「山ゆり」みたいな事件があると、地域に開いた授産施設、福祉施設であっても、セキュリティが大事ということで、運営する側も方向性を変更せざるを得なくる。災害が起こったときにも、一般集団から隔離せざるを得ない現況がある。

私の研究対象においては、反面教師的に「こういうことはしてはいけない」ということがわかります。ニュルンベルク裁判の時に、「人の尊厳を保てる空間は4立法メートル」という基本が言われたそうです。それが本当かどうかはともかく、最低限守らなければならないボリュームはありますし、究極的にうるおいのない空間は建築ではないということです。

―本日はどうもありがとうございました。

児玉 卓士

1953年   広島県生まれ
1976年   芝浦工業大学建築工学科卒業
1980年   芝浦工業大学大学院修士課程修了
1981-83年  ベルリン工科大学留学
1983-87年  相田武文設計研究所
1987年   アーキベルクを広島に開設
1990年~   事務所を東京に移転、現在に至る
1993-2000年 芝浦工業大学非常勤講師
2000年   博士”学術”学位取得
2000-2003年 芝浦工業大学特任助教授
2004年~  東京農業大学非常勤講師
2006年~  芝浦工業大学非常勤講師
2007年   芝浦工業大学相田武文賞受賞

206-4 「2017年度 新入社員紹介」

「新入社員紹介」 2017年度入社の新人をご紹介します。

fresh_kobayashi

小林 貴史(こばやし たかふみ)               国士舘大学理工学部理工学科

工事部配属
わからないことばかりですが、早く現場を任せてもらえるよう、一所懸命頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。

 

fresh_kakizaki

柿嵜 憲人(かきざき けんと)                文京学院大学 経営学部

工事部配属
常に挑戦する気持ちを持ち、情熱的に行動し、進化します。わからないことだらけですが、たくさんの知識を得て、1日も早く一人で現場を持てるように努力します。

 

fresh_saitoh

齋藤 敏大(さいとう としひろ)              産業能率大学 情報マネジメント学部

工事部配属
今はまだ何もわからない状況ですが、一から建築の知識を学び、会社の力になれるように、日々挑戦していきたいと思います。

fresh_daruma

ダルマ・ウィラ (だるま うぃら)            ビヌス大学 日本語学科オフィス専攻

工事部配属
日本語がまだまだ下手で、専門用語も難しいのですが、早く理解できるよう、一所懸命頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。