トップ4項目でご紹介しています。全ての記事をご覧になりたい方はバックナンバーのPDFをご参照ください。

203-1 金沢

nbl_00

日本橋Nビル 撮影:淺川敏/ZOOM

 

 写真はこのたび、日本橋に建ち上がった事務所併用住宅ビルです。以前、弊社が近くに本社ビルを施工させていただいた、摩擦計測機械メーカーの会長のご自宅です。会社のサービスラボが1,2階に、3階に関連会社のオフィス、4-6階の上層階に住宅が入りました。設計を手掛けたE.N.N.の小津誠一氏は、現在、東京と金沢を拠点に、建築設計やリノベーションだけでなく、まちづくりのプロジェクト、個性的な不動産を扱う「金沢R 不動産」や飲食店経営など、多角的に活動されています。

もともと金沢出身の小津さんは、東京の大学で建築を学んだ後、印刷会社の空間系代理店と設計事務所で二足わらじで仕事をしていました。当時はバブル。景気よくプロジェクトから独立した設計事務所に勤めることになりましたが、すぐにバブルが崩壊。次々とプロジェクトは停止に追い込まれました。気が付いたら電車代にも事欠くことになり、事務所を辞めたのかと心配する友達から個人的に仕事の話がもたらされるようになり、むしろ自分の営業力を活かして事務所で番頭として仕事をサポートできるかもと、件の先生に新しい事務所の姿を相談しました。すると「辞めていいよ」と言われ、あわや決裂かという事態に。でも、ひょんなことからその先生が行くはずだった京都の大学で、教鞭をとることになりました。

 京都は、歴史あり、サブカルチャーあり、右あり左ありで多くの人材を輩出している面白い街。小津さんは1995年から7年間過ごし、教えるだけでなく、好きな飲食店の改修など学生とDIYで行なっていました。大学で研究などを続けられれば良かったのですが、先細るアカデミックの世界では、自分の居場所はそのうちなくなると悟り、2001年末、東京へ戻り、再び東京で設計の仕事を始めることにしました。

転機となったのは、2004年に建設が決まった21世紀美術館。「そこに入るカフェを作らないか」と友人から相談がきたのです。これは面白いかも、と企画書を作り、公立の現代美術館のカフェのあるべき姿を提案しました。その企画書の評判が良く、結果的に一等は取れませんでしたが、新たなNPOとして提案した仕組みに興味を持ってもらい、企画書のコピーが金沢のあちこちに出回り、まちづくりのNPOの立場として相談を受けたり、イベントなどの活動を行うようになりました。たまたま廃墟ビルのリノベーションの相談があり、「a.k.a」という料理店を自分でも事業としてやるようになって、完全に金沢と東京の二重生活が始まりました。

 一方、日本橋で今回の会長から受けていた住宅のプロジェクトは、隣地との権利関係の調整で一時的に止まっていました。2011年の東日本大震災を機に、小津さんは本格的に軸足を金沢に置くことに決めました。東京にいなくても仕事はできる、基本的に、設計の仕事はどこでもできるもの。特に東京のクライアントは設計者がそのときどこにいようが、あまり気にしません。そう決意したところ、止まっていた計画が動き出し、2014年3月、弊社施工で竣工することになりました。
会長はというと、小津さんが金沢に拠点を移したと聞いて、金沢を頻繁に訪れるようになりました。加賀百万石の金沢の魅力はここで改めて言うまでもありません。兼六園や金沢城周辺の街並み、伝統工芸や加賀料理。金沢の滞在を楽しまれ、3つ目の住宅も手に入れて、新たに会社の営業所も作られました。北陸を拠点にするメーカーとの取引もあるからです。そのセカンドハウスの不動産仲介、事務所の改装も小津さんが手掛けました。
2015年、北陸新幹線が開通し、ますますアクセスが良くなった東京ー金沢間。趣味の車で、軽井沢から金沢ー東京のドライブを楽しまれていた会長も、最近は便利な新幹線を利用されることが多いようです。小津さんとのコミュニケーションは双方にとって楽しい時間のようです。
(続きは、203-3のフロントラインで)

203-2 日本橋Nビル

 

 

 

開口部にバリエーションを持たせた都心の事務所併用住宅

以前、本社ビルの設計をご依頼いただいた建て主の自宅ビルである。もともと本社ビルの設計時に計画したものが基本になっている。
都会的な洗練された感覚を持つ建て主だが、打ち合わせで当事務所のある金沢を何度か訪れるうちに、地域性についても考えられるようになった。日本橋の江戸情緒のようなものを建物に加えたいとのことで、本社ビルでは外壁をアルミパネルとしていたが、今回は、深みのある質感を入れたいと、当初土壁を検討、しかし最終的に名古屋モザイクの波のような凹凸のあるタイルを採用した。黒っぽい落ち着いた配色が周囲に新たな存在感を示している。その開口部から見える階段の上裏の赤い色が華やかさを加えた。
室内は1-3階が事務所、上層の4-6階が住宅になっている。建て主はマンションにお住まいだったので、いろんな形の窓がたくさん空いていて、ビルに住んでいることを感じさせないオープンな空間を希望されていた。階段室を半外部空間にすることで、限られた敷地を有効活用し、上層階2層には大きな天窓を中心に配置し、吹き抜け空間を設けて採光を確保した。

(小津誠一氏 談)

構造:S造
規模:地上6階
用途:事務所・専用住宅
設計・監理:小津誠一/studio KOZ./E.N.N. +刈谷昌平/刈谷建築設計事務所
施工担当:池上・劉
竣工:2016年12月
撮影:淺川敏/ZOOM

203-3 金沢と東京の2拠点で道を拓く   小津誠一/E.N.N.代表

(203-1 からつづく。ここからはインタビュー形式で)
―東京から金沢へ、拠点を本格的に移して変化はありましたか。
小津:どちらかというと、「地方の方が移住しないと信用されない」とすごく感じました。理想を掲げていても本当に食っていけるか不安でしたが、移住した直後から、様々な仕事に関わる相談が降ってきました。こういう会合があるから出てくれないかとか、こういう団体があるから来てくれとか。疎まれていると思っていたところからも話がくるし、行政からも声がかかります。もっと皆さん、2拠点での生活を考えてもいいと思いますね。
―金沢と東京の2拠点で活動されて、どんなことに気が付きますか。
小津:建築の存在感は、金沢の方が東京より圧倒的にありますね。リノベーションのような仕事が多いのですが、5年前に建てたにもかかわらず「あの八百屋さんができて良かったよね」と今でも言われます。
逆に東京にやってくると新陳代謝が激しすぎて、数か月前にそこに何があったかわからない状況。僕らの仕事は存在感が希薄になっています。友人たちも「面白い仕事はもう地方に移ってる」と皆、言いますね。巨大なプロジェクトに飲み込まれて、受注者側だけでなく発注者側もJVだったりする。かたや狭小住宅が多く、辰さんに頼めるような仕事がある方が珍しい。でも何か地域で学んだことを東京で活かせないかなと思っています。東京だってしょせん地域の塊なわけですから、地域性は対立するものではないし、東京を経由して金沢にUJIターンで戻ってきた建築の仲間とも「我々で何か議論しなくてはならない」という話を最近よくするんです。
―金沢では、「金沢R不動産」という事業も展開されています。これはあの「東京R不動産」との連携なのですか。
小津:そうですね、R不動産は事業者としては別ですが、東京と全く同じ仕組みを使ってます。「東京R 不動産」ができてから3年後に初めて僕が地方版を金沢で立ち上げました。「東京R不動産」の馬場さんとは知り合いなので、「東京の次に大阪、じゃつまんないでしょ。中核都市で、『R不動産』そのものの可能性があるところを選んでやってみたい」と。東京のように賃貸手数料だけではやっていけないですから、売買中心になりますね。
ほかの建築家のプロジェクトに必要な条件の土地を探してくるような地味な仕事もします。そうするうちに土地や建物など空間の活用方法や運営やまちづくりといった相談も受けるようになりました。最前線でゲリラ戦やってる感じです。その土地を残した結果、新しい事業を付けて変えるというのは楽しいですよ。何も古いものが好きというわけではありません。そういうことをやっているうちに、北陸界隈でどんどんつながりが生まれています。
不動産と建築は、「不動産がなければ、建築は建たないし、建築がなければ、その不動産の価値も決まらない」という相補的な関係です。考えてみれば、建築をやっている人間はなかなか不動産にコミットしていないし、不動産をやっている人間が建築にコミットするときは、常に経済的な話だけです。 今まで、建築家は土地や物件の選択にあまりコミットしていなくて、与えられた土地や建物を条件として受け入れてきた。そこに一歩踏み出すことで、建築の可能性も広がると思います。不動産そのものも、空間を作っている立場からいうと、まだまだ面白くできる可能性がある。不動産側にも建築をやっていた人間は多いのだから、土地区画など建築設計の領域として、単体でなくエリアを考える、軸足を動かすことでもっと自分の仕事が豊かになることに気が付いてほしい。
 自分はよく「多角経営者」と言われますが、建築を成立させるためにその周辺にも積極的に関わりをもっています。「空間を見つける仕事=不動産」の段階でも土地や建物を考えることをしたいし、また建てたものは使いっぱなしではなく、何でも実践して使いこなしていく場にしていきたいと感じているのです。物販店の運営もやっているんですが、それも「設計してリノベーションし続けていく」仕組みづくりです。自分が建築の仕事をした以上、建築がちゃんと活かされるために、やれることをやっていきたいのです。
「あまりお金のことを言うな」と言われるときもありますが、お金が回る仕組みを作らないと建築は残らない。建築みたいな複雑な事をまとめる仕事をしていると、例えば病院を設計するとなると、病院のことを一から勉強して設計にとりかかるわけですからね。僕らは毎回、いろんなことを解決したり、問題提起したり、しかもそれをたくさんの予測不可能な中で努力していくことが仕事なので、不動産でも何でもちゃんと学べばできない仕事はない。何かそこから一つ遠ざけて、まだ形作りに逃げている人が多いんじゃないかな。それを一歩超えてみたら何が見えるか、やってみたらと思います。
「なんで自分のところに仕事が来てるのか」と思うと、そういうことを考えているからだと思います。そこにチャンスがあるし、領域の広がる設計そのものに影響がある。そうでないと請負業から委託業へと転換していけない。
学生の時に独り言のように先生に言われました。「我々はモダニズムを信頼して突き進めばよかったが、君らの時代は大変だ。○○イズムという答えがない」当時はあまりピンと来なかったんですが、仕事の領域も多様な時代になり、一歩踏み出して自分で考え、リスクを負って実践する必要性がある時代になっている、と思いますね。
―金沢の若い人たちのメンターとしての役割も担っていらっしゃることと思います。本日はありがとうございました。

小津誠一 Seiichi Kozu

有限会社E.N.N.代表/株式会社嗜季代表
1966年石川県金沢市生まれ。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業
東京の設計事務所勤務を経て、1998年京都にてstudio KOZ.を設立し京都と東京を拠点に建築やインテリアの設計などを行う。
2003年金沢にて(有)E.N.N.を設立。廃墟ビルの再生と同時に飲食店a.k.a.を開業し、東京、金沢の二拠点活動を開始。
2007年(有)E.N.N.にて金沢R不動産をスタート。
現在は活動本拠地を金沢に移して、(有)E.N.N.にて建築・不動産事業を、(株)嗜季にて飲食店事業を行う。
有限会社 E.N.N.
〒920-0995/石川県金沢市新竪町3-61RENNbldg./tel:076-263-1363
E.N.N. TKO
〒151-0071 東京都渋谷区本町2-45-7RENN bldg./tel : 03-5358-2333
有限会社 E.N.N./建築設計チーム:studio KOZ./不動産チーム:金沢R不動産/移住マガジン:real local
http://www.enn.co.jp/ http://www.realkanazawaestate.jp/ https://reallocal.jp
嗜季・LUGU・a.k.a./http://www.shiki-inc.com/
八百萬本舗 /http://yaoyoroz-honpo.jp/

203-4 平成29年度 辰 安全大会を開催 

1月24 日、「安全衛生協力会」による今年度の「安全大会」が開催されました。「安全衛生協力会」は、工事の安全と就労者の健全な労働環境の維持を目的に、定期的な安全パトロール(月1回、延べ112現場、6,9月は一斉パトロール)、辰安全・品質担当者による安全パトロール(月3-7回延べ119現場)、各資格等安全講習の実施などの活動を行っています。辰と協力業者様の会費により運営されています。
大会では、はじめに㈱小関工務店代表取締役の小関邦昭安全衛生協力会会長の開会の宣言、辰の窪田安全衛生委員長の挨拶に続き、来賓にお招きした伊藤健 池田建設㈱取締役管理本部長兼安全対策室長にご挨拶をいただきました。
続いて平成28年度活動報告、会計報告、29年度活動計画案などの議案を承認いただき、各表彰に移りました。

まず、最も安全意識が高いと認められた現場に贈られる「安全作業所賞」に、以下の3現場が選出されました。(写真①)
・1位「LOKOビル新築工事」
所長 瀧澤亨、 次席 堀内唯衣
・2位「フレッドペリー旗艦店新築工事」
所長 奥村光寛、 次席 石川舞依
・3位「Harajuku Expanding Landscape 新築工事」
所長 松沢 昭彦
続いて、毎月の安全標語の入賞者13名(月間12名、年間1名)を発表、
年間スローガンとなる最優秀作品は、㈱丸鉱の光宗一城様の作品が選ばれました(写真②)
つづいて辰の奥村光寛が「安全宣言」を行い、第1部を終了いたしました。(写真⑤)
第2部の会社報告では、社長挨拶に続き、「優良協力業者賞」表彰、協力業者の優れた職人の方に贈られる「匠」の発表、そして各部の現況報告を行いました。
・優良協力会社(写真③)
㈲中居工務店、㈲美装開発、
㈱小関工務店、㈲センチュリーコトブキ、アイバ工業㈱
・「匠」の皆様 (写真④)
㈱岡正塗装 佐藤貢様
㈲中居工務店 中居郁也様
㈱荒井鉄筋工業所 石橋和弥様

第3部の特別講演会では、田中京氏にご登壇いただきました。 今年度も皆様よろしくお願い申し上げます。

 

平成29年度 辰安全衛生協力会 安全大会 記念講演
『素顔の田中元総理を語る』     田中 京 氏/音楽評論家・作家

プロフィール:昭和の宰相「田中角栄」を父とし、昭和26年、新宿区に生まれる。慶応中等部、高等部を経て、日大豊山高校に編入、卒業、日大法学部に進学。大学時代に英米に渡航し、帰国後CBS/SONYに就職。洋楽、特にイギリス系のロックには造詣が深い。一方、田中角栄元首相の日中国交回復を期に、豊かな中国人脈を受け継ぎ、現在も北京、上海、桂林を訪れ、日中の文化交流に貢献している。
著書:「男の中の男 我が父、田中角栄」 (青林堂)
2017年1月より「ラジオ日本」で、オトナ世代の気になる話題を懐かしい音楽とともにお届けするトーク番組『田中京のおいしい時間』(毎週月曜21:00~21:30)をスタート。父の言葉をピックアップし、生きる知恵、仕事のヒントを紹介するコーナーもあります。講演では、人間味あふれる田中元総理のとっておきの話を聞かせていただきました。