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195-1 DNA

「フレッドペリーショップ東京」 撮影:Stirling Elmendorf

 写真は、この春神宮前にオープンした、アパレルブランド、「フレッドペリー」の旗艦店です。月桂樹のマークのポロシャツでおなじみですね。今月はその有名なブランドのお話です。
【Brand History】
世界4大大会の全てを制し“グランドスラマー”と呼ばれた偉大なテニスプレイヤー/フレデリック・ジョン・ペリー。彼は引退後、当時あまり優れているとはいえなかったリストバンドの開発を、自身の愛称だったフレッドペリーを冠してスタートさせます。1952年にはフレッドペリー・スポーツウェア社を創設。ウィンブルドンの正式許可を得て胸にローレルマークを付けたポロシャツの製造を開始しました。
  Why your shirt was better than anyone else’s?
あなたのシャツは、他のシャツよりどの点が優れているのですか?
Ma’am, it’s the shirt that fits.
女王さま、このシャツはフィットするのです
 これはウィンブルドンに来賓として招かれた、かのエリザベス女王とフレデリック・ジョン・ペリーの会話です。ルーズなシルエットが溢れていた当時、フレッドペリーの体にフィットするシャツは女王陛下が話題にするほど英国で浸透していました。
 1960年代、ロンドンはカーナビーストリートから、当時ファッションカルチャーの最先端であり世界中に影響を与えたモッズが登場します。
夜通しクラブで踊り明かす彼らのライフスタイルにもフレッドペリーのシャツがフィットしました。これを期にフレッドペリーは単なるスポーツブランドではなくファッションとクロスオーバーした世界的にも類を見ないユニークなブランドイメージを確立していきます。
 2000年に入り、ヴィンテージファッションの復権からフレッドペリーのシャツに再び注目が集まります。1957年に開発され、襟と袖に二本ラインを配したデザインの元祖“M12”をコアアイテムとしてトータルファッションブランドに成長。M12は英国製であることに今尚こだわり続けています。さらに英国のアイコン的ミュージシャン/ポール・ウェラーに始まり、コム デ ギャルソンやラフ シモンズなどのデザイナーズブランドとのコラボレーションも話題となりました。
 2012年にはブランド生誕60周年を迎え、常に進化し続けています。そのスタイルは勝ち誇ることなく挑戦的に。もっともな理由があって反抗的に。
【 End 】
【Basic Data】
・Brand Name : Fred Perry/フレッドペリー
・Country : U.K./イギリス
・The Foundation Year : 1952/1952年
 ブランドのDNAを、建物に的確に反映させるために、今回のプロジェクトチームは、「Do’s and  Don’ts」、つまり「そうであること」と「そうではないこと」を細かく分析されていました。
振り返れば、私たちは、何が自分らしくて、自分らしくないか、結構あいまいになまま、日々を送っている気がします。自分がすべきこと、してはいけないこと、改めてチェックしてみませんか。

195-2 フレッドペリーショップ東京(フレッドペリー旗艦店)

確固たるDNAを持つブランドの 新たなフラッグショップ

 表参道から裏原宿へ連なる静かな住宅街の路地に、レンガ造りの工場のような建物が建ち上がった。英国のアパレルブランド、フレッドペリーが東京にオープンさせた世界最大の旗艦店である。多くのブリティッシュサブカルチャーが古い工場や倉庫の跡地から生まれたように、この建物も内部は大きな一つながりの空間で、のびやかなスケール感を大事にしている。のこぎり型の屋根から、北向きの光が差し込み、明るい室内を作り出している。
昔からUKのクラブカルチャーと結びつき、ポール・ウェラーなど有名ミュージシャンたちに愛されている「フレッドペリー」。そのDNAを形にするため、社長を中心とするプロジェクトチームが組まれ、「Do’s」と「Dont’s」、つまり、「そうである」と「そうでない」ことをチームと確認、共有して建物のディレクションを決定していった。
例えば、「British/英国的」という項目では、レンガや漆喰、木などの素材は「Do」であり、ゴージャス、あるいはユニオンジャックなどは「Don’t」である。歴史のあるブランドなので、経年変化を大事にしているが、やりすぎるエイジング加工や模倣は安易、と避けている。
レベル差のある2方向に入口を設け、内部は吹き抜けを囲むように各フロアを階段でつなぎ、一つの大きな空間でありながら、マテリアルなどでそれぞれのフロアの色を出している。中2階は、スポーツウェアとしてのアーカイブも展示しながら、イベントスペースとしても機能させ、最上階はVIPルームになっている。
外壁の煉瓦は、長手積みの層と小口積みの層を交互に繰り返す、伝統的な「イギリス積み」だが、表参道の雰囲気に馴染むよう、三河安城の窯で焼いた、ダークチョコレート色の特注品を使用している。

(大堀伸氏/ジェネラルデザイン 談)

所在地:渋谷区神宮前5-9-6
構造:RC造
規模:地下1階 地上2階
用途:店舗
設計・監理:大堀伸/ジェネラルデザイン
施工担当:奥村・石川
竣工:2016年3月
撮影:Stirling Elmendorf

195-3 上原の家

視線、採光、換気に配慮し、コンクリートらしさを活かす

クリエーターの夫妻の自宅である。杉板型枠のコンクリート打ち放しの壁面、そして、光と風を取り入れた過ごしやすい空間を建て主は希望された。温熱環境は、湿式外断熱システムのドイツの「アルセコ外断熱システム」を採用、湿気の多い日本の気候にマッチしている。壁の仕上げはコンクリート打ち放しを基本としているが、2階はさばく色の「天然無機左官材シリカライム」を左官仕上げで施し、温かみを加えている。南北に細長い敷地は、既に両サイドに住宅が建っていたが、奥には隣接する住居の庭があり、その南西側、そして前面道路の北側から、採光・通風を確保することができた。
まず北側の前面道路に面して駐車スペースを設け、キャンティレバーの1階に玄関、そして賃貸に利用できるスペースを奥に配置している。2階への階段を上ると、南側に大きなバスルーム、反対側が寝室となっている。3階はリビング、そして北側にステップを低くしたダイニングが見通しのよいひとつながりの空間を作っている。フロア中央の吹き抜けには角度を変えたスチール階段と片持ち階段を配置し、コンクリート打ち放しの壁面を活かしたデザインを生み出した。吹き抜けの上部となる4階はアトリエとして利用され、さらにそこから屋上へと続く。コンクリートの壁で囲まれた日当たりのよい空間は、大きな一枚扉で出られる「もう一つの部屋」といった感覚だ。
長方形の奥が少し三角形に飛び出た不定形な敷地いっぱいに作りこんだため生まれた三角形のスペースも、窓やトップライトなどで行き止まり感がないようにと工夫した。以前、辰で施工した「M邸(ShinClub139)」で行った、抜け感を大事にした空間づくりを、今回も効果的に行うことができたと考えている。

  (枝松玲子氏/twigdesign 談)

所在地:渋谷区
構造:RC造
規模:地上4階
用途:専用住宅
設計・監理:枝松玲子/twigdesign
施工担当:谷
竣工:2015年11月
撮影:アック東京

 

195-4 枝松玲子/Twigdesign

「レトロビルのシェアオフィスとカフェが、とても心地よい環境です」

今月、ご紹介した「上原の家」の設計者、枝松玲子さんは「フレッドペリーショップ東京」の設計者、大堀伸氏のお弟子さんです。今回は師弟(妹)で登場いただきました。そんな枝松氏が取材場所に指定したのは、本郷3丁目の「エチソウビル」に3月オープンした、「ファロコーヒー・アンド・ケータリング」というお店。
本郷通りと春日通りの交差点近くにあるこのビルは、昭和初期に建設されたもので、創業者の糸屋、越前屋惣兵衛から「エチソウビル」と名付けられました。戦後はテナントビルとして活用されています。
本郷通りに面した見逃してしまうような小さな入口から、せまい階段を上って引戸を開けると、思いのほか広いスペースが広がります。レトロ感あふれるカフェには、まず左側に、中が調理スペースになっている大きなカウンター。周囲はコンクリートむき出しの壁で囲まれ、高い天井、昔の小学校の校舎のような木の床が懐かしい雰囲気を醸し出します。書棚には洋書が並び、ギャラリー、ライブスペースとしても利用されるとのことです。
奥には、隣接するファロデザイン一級建築士事務所(カフェの改装設計担当、施工も一部セルフで行う)への扉があり、枝松さんは、別の場所でも仕事をされていますが、一部間借りしてこちらでも作業をしているとのこと。
カフェのオーナーも友人ということで、入居者の方たちとのコラボレーションが、今後も魅力的なお仕事を生み出していきそうです。

枝松玲子(えだまつ りょうこ)

1974年 静岡県生まれ
1997年 多摩美術大学美術学部建築科卒業
1998年 guesthouse勤務
1999-2005年 ジェネラルデザイン勤務
2008年 twigdesign一級建築士事務所設立