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228-1 静かさを求めて

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SHINKA HALL  撮影:黒住直臣

写真は昨年春竣工した、中央区新川の賃貸マンション「SHINKA」の地下ホールです。この2月に三期工事を終了したばかりです。近くには「髙橋(たかばし)」という橋があり、その河岸には船着桟橋もあり、往時の「運河」の雰囲気を感じさせてくれます。

建て主はこの地で賃貸オフィスビルを経営されていました。賃貸マンションに関しては初の事業です。
「建物が年を経るにつれ色あせていく事は宿命なのかもしれないが、ただ年月とともに賃料が下がっていく―それは何とかできないか」という思いを持っておられたのです。そんな建て主のつぶやきともいえる言葉に、この都心で長く事務所を営み、且つこの地に暮らしてきた建築家の長谷川順持氏は、新しく建てるマンションに新たな価値として古びない価値と性能を盛り込みたいと考えました。

例えば、東日本大震災以後、まず求められるのは耐震性です。一方、耐震性のある躯体がそのまま表現される打ち放しのRC造の建物も、都心では10年位で灰色に汚れて、見回してみると味になっているとはいいがたい。メンテナンスが必ず必要ならば、全面打ち放しはいかがなものか。打ち放しの良さを見せるなら、ガラスの内側で経年変化の影響を受けない形にして、外装はタイル貼りにし、ハイドロテクトで埃が付きにくいものはどうだろうか。長谷川氏は建て主と対話を重ねたそうです。

さらに、都心のマンションで問題なのは騒音です。窓を開けると、鍛冶橋通りの車の騒音がかなり部屋の内側に入ってきます。夜中も救急車が通り、換気扇の吸気口も音を取り込みます。サッシの遮音性能は、4つの等級がありますが、一番遮音性能が高いT4は二重サッシでないとならない。内部の広さを考え、T3を狙うことにした方がコスト的にもいい。そして吸気口は天井裏で蛇のように回らせると音が侵入しづらい。開口部の問題はかなり解決されました。
さらに防音性能を高めたのは、壁のALCの遮音性能をアップした事でした。ALCは外側にコーキングをして複数の枚数をついでいます。メーカーでは防水性能だけでなく、防音性能の数値比較も出しているのですが、その数値は複数のALCにシールを打って実験していることがわかりました。そこで、長谷川氏はALCの厚みを厚くするより、むしろシールを裏からも打った方がいいと思いつきます。法律が変り、柱と梁に壁を直接鉄筋で結び付けられないので、ラーメン構造に対して、スリットで乾式壁を立て込んでいくALCは、合理的であるものの音性能が不安です。その目地の音漏れを内外にシールを打つことで解決できると考えたのです。

もう一つは、採光の問題。特にお風呂です。全住戸の共通な印象として自然光の入る浴室としています。建て主も明るいお風呂に大共感。そこで一番北側にあって表から見えない、本来売れない部屋になりそうなところを一番日の光があたりそうなお風呂のあるプランにし、さらに光が当たらない2-7階には、防音性能の高い防音室を設けました。お金をかけることになった分、家賃も上がります。もともと音楽大学が近くにあるわけではないところに、「都心でありながら静けさが手に入り、一人の時間を楽しめる防音空間も持てる」という新たなマーケットを開拓したことになったのです。
オーナーの夢でもあったホールを地下に設けることになり、屋上に気兼ねなく自由に使えるスカイテラスも作りました。
結果的に、防音室のある北側の大きな家賃の高いスペースから入居者は埋まっていきました。マンションには、新たな価値が生まれたのです。

228-2 SHINKA(シンカ)

古びない価値、バランスのあるコミュニティを形成

都心のマンションとして、魅力を失わない建物、すなわち「古びない価値」とは何かを考え、以下のようなコンセプトで建て主の要望と住まい手のニーズに応えた。
コンセプト01 静けさ
八重洲通り、鍛冶橋通りという24時間、交通の在る道路を傍らに持つ敷地に対して、都心居住における「静けさ」の価値を前面に押し出すことをテーマとした。
コンセプト02 採光
敷地は三方を中高層で囲まれている。直接光線を取込むことを諦めずにシミュレーションをくりかえすと、8階から上部は、南北両方の居室に、自然光が取込めるが、7階から下部にはそれぞれ、自然光線を送り込むことが困難な場所が生じることがわかった。窓が無いということを前向きにとらえ、超防音性能の特別室を創りだし、自分だけの時間を楽しめる価値を付与。
コンセプト03 コミュニティ
都市居住者は、強いコミュニティよりも、さりげないコミュニティを望む、と仮説をたて、「スカイテラス」を最上階に設けた。気の向くままに滞在でき、さりげない出会いや集いに応える。
コンセプト04 あたりまえの心地よさ
特に「ユニットバス」は用いないで、自然光・自然通風のあるバスルームを設置している。正面にあるホテルと視線が交わらないように斜めに住戸の開口部をデザインし、内装ではできるだけ無垢の素材を用いている。壁のビニールクロスは極端に減らし、賃貸に使うには贅沢な素材かもしれないが、価値が下がらないものを採用してメンテナンス費用を抑える事を提案した。
コンセプト05 街との関わりをつくるテナントスペース
都心では建物の発する灯が街路を明るく華やかにする。エントランスホールを最小限にし、1,2階にテナントゾーンを設けた。現在1階にはバーが開業し、ランチも出している。近隣住人と本プロジェクトとのふれあいが促進されている。
  (長谷川順持)

構造:RC造
規模:地下1階、地上12階
用途:共同住宅
設計・監理:長谷川建築デザインオフィス
施工担当:鯨津、川崎、岡本
竣工:2018年3月
三期工事完了:2019年1月
撮影:黒住直臣

228-3 こだわりが生む価値ある建築       長谷川順持/長谷川建築デザインオフィス

今月は、「SHINKA」の設計者、長谷川順持氏にお話を伺いました。

―現在、三期工事が終了した地下の「SHINKA HALL」は、短い期間なのにこれまで数多くの音楽イベントが行われてきたそうですね。杮落しの時には長谷川先生自ら歌を披露され、音楽関係の方たちとの交流の深さを感じました。
長谷川:ようやく自由に使える感じに整ってきましたね。控室や事前の練習空間も作りました。響きに対する定評が期せずして高く、外部の方々からの使用への希望が多いのです。オペラ歌手、ピアニスト、チェリスト、邦楽器家、さまざまな方が見学にいらして、響きを気に入って、発表の場として、交流の場として使用の希望を出されています。
今後オーナーととともに、少し、地域や社会に開いたかたちでの運営の仕組みも考えている最中です。

一方で、リハーサルをするとすごく響く、ということが当初ありました。歌う人もピアニストもリハーサルで響くと高揚するわけですが、お客さんが入ると、吸収されて響かない。そのギャップを埋めるのに、どうしたらいいか。実際にライブに参加していただいたプレイヤーに不安があるのはよくないな、と思って、ホールの環境を改善するため、吸音させる面をステージの両側に作ろうと設計しました。はじめデッドになり過ぎ、ライブに少し戻したり、木の裏側に少し音が回るようにしたり、などと思考を重ね、両脇に巨大な音響調整壁をこしらえて、それが昨日完成しました。
SHINKA  HALLの独特な印象と響きを損ねない意匠に、オーナーや居住者も喜んでくださいました。普通のコンサートホールはクラシックでなければ、デッドにしてPAの人がミキシングしてむしろ響かないようにしているのですが、ここは「生音」を大事にしています。だから響きを残すことを大事にしたいのです。

―徹底して建物の音環境にこだわられているのですね。
長谷川:まだ外部の人の利用が多いのですが、入居者の方々の交流が自主的に起きてくるといいなと思っています。顔見知りになって災害時にも慌てない信頼関係は賃貸であっても好ましいのではないでしょうか。今年は映画鑑賞会とかカラオケ大会などから始めて、「お越しになりませんか」という仕掛けを作ってみてはどうか、とオーナーと話し合っています。
―温熱環境のシステムにもこだわりをお持ちです。
長谷川:温熱環境をつくるにはコツがある。このあたりを守っていれば、快適環境を得られるというものがあるんです。あまり情報だけを入手して、単体で盛り込んでもダメですね。

住宅の設計は120を超え、他の用途も合わせると150近いプロジェクトを完成させている長谷川氏。特に高齢者のいる二世帯住宅も多く手掛けていて、その温熱環境づくりは「どまだんシステム(新築)」「どまだん改修システム」などの手法に結実しており、「木造建造物における床下改修システム」としての特許も取得している。

長谷川:温熱環境づくりでは、古い建物を蘇生する技術で、他社とコラボレーションの形で協働しています。質的改善のリフォーム、リノベーションで、伝統建築の保全や空き家解決などにも結ばれるプロジェクトも進行しています。

―東京都市大学(旧・武蔵工業大学)で講師を歴任され、その後もデザイン学校で教えていらっしゃいますね。
長谷川:大学教育だけでなく、これまでに、一般の方々向けに行った住宅づくりのセミナーや講演会は250を超えます。
音楽活動でボーカルMCをとるのですが、どうしても、授業口調になってしまうのはその影響かもしれません。やや金八先生風のMCですね(笑)
―今後のお仕事について、少し教えてください。
長谷川:これまで多く創作してきた伝統的な印象の建物を「陰翳礼讃」というカテゴリーでまとめ、海外に向けてメッセージを発信してゆく準備をしています。また、子供デザインスクールなどのデザインコミュニティを開催する予定です。音楽を習うようにデザインを考え、描いたり創ったりする、表現する喜びを得るばかりでなく、社会におけるあれこれの問題をデザインで解決するという経験は未来の仕事に活きるでしょう。―本当に多方面に向けて、お仕事を楽しんでいらっしゃると感じました。本日は、ありがとうございました。
長谷川 順持 (はせがわ じゅんじ)
1962年 神奈川県生まれ
武蔵工業大学建築学科卒業
1995年長谷川建築デザインオフィス 明年で25周年を迎える。
2001~2015 東京都市大学(旧、武蔵工業大学)建築学科の講師を歴任
2016~ 東京モード学園|創作デザイン講師
2009~2011 日本建築家協会・中央地域会/東京都中央区 代表
2010~ 建築家住宅の会 理事
著作:『とっておき住宅デザイン図鑑』『家の図鑑』(エクスナレッジ)
受賞:奈良山の辺の家(建設大臣賞)、エム・カーサ(JIA日本建築大賞・優秀建築選 2004グッドデザイン賞/建築環境部門)他多数

228-4 「法政大学卒業制作展2019」に協賛しました

 

今年も、法政大学デザイン工学部建築学科の「卒業制作展」に協賛させていただきました。
2019年2月19日、22-24日
会場:法政大学市ヶ谷キャンパス55・58号館

昨年は長谷川逸子のオフィスをリノベした「gallery IHA」で行われましたが、今年は解体が決まった、市ヶ谷田町キャンパスの「55・58号館」の542教室が会場にあてられました。この建物は、法政大学建築学部の重鎮、故・大江宏設計の建物で、隣接する教室では校舎のお別れイベント「55・58フェアウェルDays」が2月23日(土)・24日(日)の2日間開催されることになっており、卒業制作展も先生へのオマージュで、今回同じ建物の教室で行われることになったのです。講評は、昨年同様5人のゲスト審査員の先生を迎えて行われました。
一方、外の廊下で大きな大江作品のポスターを展示していらしたのが、弊社で以前、熱海の物件の竣工写真の撮影を手掛けた写真家の新良太氏。新さんは今回のイベントの展示写真を一手に引き受けています。また、大江宏の建築事務所を継承している「大江建築アトリエ」代表、大江新先生も準備の様子を見に、訪れていらしたので記念撮影をお願いしました。外濠へ向かって大きく開いた富士見ゲート棟(一昨年施工)を始め、キャンパスは大きく変化しています。