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245-1 厄介なこと

「TREES(鵜の木集合住宅)」 撮影:Satoshi Asakawa

ここは多摩川の河川敷にほど近い、大田区鵜の木。このたび、RC壁と木々に囲まれた外観が特長的な集合住宅が完成しました。周辺はほとんどのマンションがワンルームの地域です。しかし、建築家の伊藤潤一氏は、敷地の斜め向かいに小学校があり、子どもたちの通学路となっている様子をみて、子どもたちに何かを訴えかけるファミリータイプの建築を提案しました。

「オーナーとは家族について語り合いました。家族はファミリーツリー、小枝が広がるように増えていく。集合住宅は余計なものをそぎ落として建てられるの普通ですが、ここでは、一つ厄介なものを引き受けてもらうのはどうでしょう」と持ち掛けました。

「例えばペットは、毎日散歩させて、食べさせてと世話が大変だが、それが人の心の癒しとなっている。それと同じように、この集合住宅に入居される家族には厄介だけれども、1本の木を新たな家族の一員として迎え入れてもらう。つまり、1本の木を育ててもらうという条件で入居いただくということにしたのです。育てるという厄介さを引き受けることで、それ以上の豊かさを手に入れることができる。自然とともに暮らす、木を育てる喜びがついてくる―そういうコンセプトはどうですか」とオーナーに提案されたそうです。

「このプロジェクトに携わることになった頃、フィンランドに行く機会がありました。そこでバルコニーを上手に室内化している家のあり方に触れることになりました。
ヘルシンキに1週間ほどアパートを借りたのですが、違う空間が豊かさを生み出していると感じました。バルコニーに新たな価値を見出せないかと感じたのです。
そこで、このプロジェクトでは、『木』というアイテムを用いて、生活に厄介なことをバルコニーに設えました。それは、部屋の延長線上として、積極的に利用できる場所としたのです。例えば上階に伸びていく木が入居者の間のコミュニケーションツールにもなる。そんな風にも考えました。1本の木を介して、上下階がつながっている訳です」

外観は矢板の型枠を使っています。木枠の粗々しさをストレートに感じることができます。育っていく木々を受け止める自然な土、石のような対比で、経年劣化をものともしないよう、建物としての将来を見据えています。
「工事が始まってから、『これ何?』と通学する子どもたちの話題になっていたみたいで、行きかう大人たちも『一体何が建つんだろう』と興味津々のようでした」
建築自身がもつ美しさと同時に、そこで何か新しい状況が起きることも同じくらい重要であると感じるようになったという伊藤氏は、子どもたちの反応を完成まで楽しんでいたとのことです。

245-2 TREES (鵜の木集合住宅)

木と共に成長する家族の生活

外観の矢板型枠は、時間が経っても木々に負けない力強さと荒々しさが必要だと感じたからである。
時が経っても、古さを感じないこと。言い換えれば、「不易なもの/こと」を常に建築では考えている。
建築が時の経過とともに老朽化することは避けられない。ただ、本質的な美しさをもつものは、時代が変わっても美しい。それは変化してはいけないということではなく、変化することで味わいや深みを帯びていくことでもあると思うし、建築における「不易なもの」とは、こうした意味である。
同時に「不易なこと」とは、時が経っても変化しない人や自然の有り様とも言える。人が自然を見たり感じたりして、心が安らいだり豊かさを感じたりすることは、時代を超越した人が本質的にもつ性質である。だからこそ、TREESにおける1本1本の木々がもつ意味は、厄介さと引き換えにするだけの意味をもつ存在だ。
室内プランに目を転じると、土間空間をもつ間仕切りの開閉によって使い方を変化させられるプランが特徴である。回遊型、ワンルーム型、メゾネット型など、ファミリーだけでなく多様なライフスタイルを受け入れることができ、実際の入居者も、ファミリーだけでなく、メディア関係者、外国人、アーティストなど多彩な人々が生活を楽しんでいる。

街に目を向けると、TREESの木々は居住者のものであり、同時に地域の人々のものでもある。子供たちが学校の登下校にTREESの木々の色づきや花々を愛でながら、季節の変化を感じてくれること。建物の変化を見守り、語ってくれることは、TREESが地域住民や子ども達の友達のような特別な存在として、心の中に残ってくれるものになるだろうと期待する。

人々の心を動かせるような建築を作りたい。時代の潮流に流されない「不易なもの/こと」を目指す姿勢を持ち続けたいといつも思っている。

(伊藤潤一氏 談)

 

所在地:大田区
構造:RC造
規模:地上3階
用途:共同住宅(全11戸)
企画:タカギプランニングオフィス
設計・監理:伊藤潤一+伊藤潤一建築都市設計事務所
構造設計:多田脩二構造設計事務所
施工担当:瀧澤、豊田
竣工:2020年1月
撮影:Satoshi Asakawa

 

245-3 伊藤潤一/伊藤潤一建築都市設計事務所

「コトをおこす建築」

今月は、「TREES(鵜の木集合住宅)」を設計された伊藤潤一氏にお話を伺います。

―大学院を出られてから、シーザー・ペリの事務所にいらっしゃったんですね。
伊藤:そうですね。入所して間もなく、日本橋三井タワーの担当としてアメリカ事務所に行きました。設計だけでなくアメリカ事務所と日本事務所のつなぎ役のようなことをやっていました。3か月以上滞在できないので、3か月滞在しては1週間日本に帰ってきて、またすぐに戻るというような感じで、最初はホテル住まいでしたが、途中からアパートを借りて、車で通勤するような状態でした。週末はNYやボストンに行き、建築を見て回りました。国際コンペもいくつかやりましたね。東京駅八重洲口のツインタワーのコンペでは、様々な国の若手が集められて、デザインを進めたのを覚えています。大規模な開発や超高層ビルのデザインに関する方法論をシーザーの元で直接経験できたことはとても貴重でした。

その後、独立して最初は住宅の設計などをやっておりましたが、東京大学の大学院の博士課程に籍を置き、アジアの街の研究をするようになりました。3年間の間にウズベキスタンや中国、インドネシアなど、アジアのいろんな国を巡りながら、歴史的建築物の保存と再生といったテーマでワークショップをやっていました。そのうち仕事がいくつか来て、そのタイミングで東大を後にしました。3年前にやっと博士号を取りました(笑)。

―ここで細かくご紹介できませんが、子どもの施設についての調査や設計もされているんですね。
伊藤:都市や街、建築について子ども達からもらう気づきというものが、とても新鮮で重要だと強く感じています。独立してからも二子玉川商店街などで、友人のアーティストや写真家と、アートと街遺産のワークショップを企画して、美大の学生と一緒に半年近くの事前調査を経て実施しました。こうした活動がきっかけで児童施設の相談などを受けることが増えていきました。

-児童養護施設に関するお仕事は、どのようなものだったのですか?
伊藤:以前の児童養護施設は「大舎制」という、学生寮的な住環境で養護を行ってきました。しかし、より家庭的な住環境に近い小規模な養護を推進するようになり、以前の建物が更新される必要が出てきたんです。
改修を依頼されて、いままで経験してきたワークショップを取り入れようと考えました。子ども達にとって、施設は家です。その子ども達と一緒につくる必要があると考えたんです。家が自分にとって安らげる場所であることを、プロセスを共有することで、メッセージとして子ども達へ伝えたいという気持ちでした。児童養護施設の設計は、なにかに導かれたような運命的なものを感じましたね。

―子どもに対して、建築や街について考えさせる教育が欧米に比べて日本では不足しているといわれています。
伊藤:たとえばフィンランドなどは、子供のための建築スクールがあったりしますよね。私は北海道の田舎で育ったので、この崖は自力で登れるとか、高台に行く獣道や公園への抜け道とか、街をくまなく探検して遊んでいました。こうした経験が都会の子供たちは少ないでしょうね。最近は自然災害が頻発して、自分の街はどんな地形や構造なのかを、知ることの必要性を改めて感じます。身近な街について知ることが、災害時対応やひいては地球環境について考えることにつながります。
―本日はありがとうございました。

 

伊藤潤一(いとうじゅんいち)

1971年 北海道生まれ
1996年 工学院大学卒業
1999年 東京藝術大学大学院修了
1999年 Cesar Pelli & Associates Japan 入所
2002年 伊藤潤一建築都市設計事務所 設立
2008年 東京大学大学院博士課程 単位取得満期退学
2017年 博士(工学)東京大学

■受賞歴
2012年 日事連建築賞(コダチノイエ)
2016年 JCDデザインアワード2016金賞(東小松川デイサービス)2017年 JIAゴールデンキューブ賞特別賞(子供の家)

 

245-4 「TREES(鵜の木集合住宅)」矢板工事と鉄骨工事について

今月ご紹介した「TREES(鵜の木集合住宅)」では、通常、建築の基礎工事で土留めに用いられる矢板をコンクリート打ち放しの壁面をつくる型枠として用いています。建物にハードな印象を持たせる工事が、実際にはどのように行われたかを現場担当者に聞きました。

①矢板工事
矢板を建物に使用したのは道路に面した1階から3階までの独立した壁面です。高さ9mになります。
まず、建て主様と設計者の先生、そして型枠大工さんを交えて、近くの弊社施工物件の見学ツァーを行い、いろいろな外壁を見ていただきました。
その後、モックアップ(試作品)を作り、設計者の先生、建て主様に確認いただきました。矢板の厚みは30㎜で、幅がバラバラの材料を普通型枠に1枚ずつ積み上げるように貼っていきました。
大変だったのはむしろ解体するときですね。結構重くて手間がかかりました。

(現場担当 瀧澤)

②鉄骨工事
TREESの鉄骨階段の特徴は、厚さ12mmのStの踏面と手摺が逆T字型に点着けされているように見える軽快さです。Stの厚さや溶接方法を確認するために、伊藤氏自らが工房に出向き、職人と直接打ち合わせを実施しました。 検討段階では伊藤事務所にて1/10スケールの模型を何度も作り変え、意匠性やバランスなどのデザインを確認しました。
制作したのは、鉄骨工事一式を請け負う「丸鐵工房」さん。意匠系金物制作は豊口陽さんが担当しています。
2003年、弊社施工の久我山の賃貸併用住宅「Villa Porta Bella」では建て主様から「自由に作って」と依頼され、門扉や手すり、表札、照明などを全て葡萄をモチーフに作り上げた豊口さん。今は設計の先生のデザインで作ることがほとんどです。「自分のデザインで作る機会もたまにはほしいですね」と話されていました。

株式会社 丸鐵工房( marutetsu kobo)
本  社:〒185-0012 東京都国分寺市
鉄骨工場:〒355-0076 埼玉県東松山市
金物工場:〒208-0023 東京都武蔵村山市

弊社施工:kaede、祐天寺ハウス、神宮前の家2017、カヌースラロームセンターろ過施設、TWビルディングなど多数。